夜子さんとラジオ

 夜子さんは赤いポシェットの中に入るだけのものしか持っていないのだけれど、一度だけ、家具を増やしたことがある。
 いつものように遊びに行くと、夜子さんは寝そべってたのしそうに白いラジオを眺めていた。
 それどうしたの、ときくと、すこし首をもたげてぼくのほうを向くと、あのダイヤモンドみたいな声で「拾ったの」と答えた。
「捨てられてたんだけど、きれいだったから飾ろうと思って」
「聞けるの?」
「電池がないみたい」
 ぼくは自転車を立ち漕ぎして大急ぎで家に帰り、お母さんのラジカセから電池を抜いて、ついでにちいさなドライバーがたくさん入った携帯用工作キットをポケットにつっこみ、また大急ぎで夜子さんのところへ戻った。多分タイムを計っていたら町内一の記録が出てたんじゃないだろうか。
 ねじを外して電池を入れ替え、夜子さんに押してみて、とうながした。銀色のアンテナをいっぱいにのばし、赤いボタンをカチンと押すと、電源は入った。けれどどれだけチャンネルのダイヤルをひねっても、置き場所を変えてみても、一向にしゃべりだす気配はない。たださあさあと細かい雨のようなノイズが流れるばかりだ。
「壊れてるのね」
 どうにかこうにか直らないかと諦め悪くラジオをいじりまわすぼくに、夜子さんはあっさりと言った。役立たずね、と言われたような気がして、ぼくはしょんぼりしてしまう。ラジオを直してあげられるくらい機械に詳しければよかったのに。機械は電気で動く、電気を扱うのは理科だ。よし、明日から理科をもっとまじめにやろう、とかたく心に誓った。落ち込んでいるぼくをなぐさめてくれたのか、夜子さんはうすく笑った。
「いいのよ」
 夜子さんはぼくが来たときと同じように寝そべって、千歳飴みたいに細くて真っ白い腕に顎を乗せた。
「いつでも雨の音が聞ける機械なんて素敵」
 夜子さんは決してうそをつかないので、本心からそう言ってくれているのだろう。ぼくも隣に寝転んで、ラジオから流れてくるノイズに耳を傾けた。
「あ、ねえ、夜子さん」
「なに?」
「これ、雨の音専門のラジオだったりして。アメリカとか、フランスとか、いろんな国の雨の音を受信してるんだよ」
 ぱちぱちとまばたきをして、夜子さんはぼくをみつめた。いい思いつきだと思ったんだけど、夜子さんは気に入らなかったのかもしれない。
「そうかもね」
 ふふっと息で笑って、夜子さんは目を閉じた。話にのってくれたことがうれしくて、ぼくはばかみたいな質問をする。
「夜子さん、この雨の音どこのかな」
「そうね、北極かしら」
 いろいろな場所(北極、アフリカ、地中海、スペイン、東京、シャンゼリゼ通り、ネパール、オーストラリア、万里の長城、他にもたくさん)の雨の音を聞いているうちに、ぼくは自分のでまかせが本当のことのように思えてきた。これがただの壊れたラジオだということくらい、もう五年生だからちゃんとわかっているのに。夜子さんはうそをほんとうみたいに思わせるのがとても上手だ。
 それから、いろんな雨の音をきいて場所を言いっこする遊びは、ぼくと夜子さんのお気に入りになった。おかげで地名に強くなったぼくは、中学校に入ってから地理のテストでいつもいい点数をとれたものだった。

 とにもかくにも、これが夜子さんに関する記憶の一部である。
 他の話は、またいずれ。


Fin


2009.1.19.mon.u
2009.1.19.mon.w

 

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