最初は間違い電話か詐欺の類いだと思った。
「恭兄、電話出ないの?」
「んー……知らない番号だから」
「誰か携帯壊れたんじゃない? 私もこの前そういうことあったよ」
だから優真にそう言われなかったら、俺はその電話を絶対にとらなかったと思う。
『あっうわっ出た! もしもし恭介くん?』
「……どなたですか」
相沢か浅木だろ、とあたりをつけていたのに、全く知らない男の声で戸惑った。かすかに記憶にひっかかる部分がないこともないが、携帯特有の音質の悪さで聞き取りづらい。
『あれ? おれ覚えてない? あんなにアツい一夜を過ごしたのに……』
「切りますよ」
彼女すらいないのというのに、男とそんな乱れた夜を過ごした覚えなどあってたまるか。
というか俺にそういう趣味はない。
『わーっ待って待って切らないでー! おれだよおれ! OBOG会で吐いてたでしょ!』
どんな自己紹介だ。と思ったが、その言葉で思い出した。OBOG会で隣に座っていた(というか隣に座れと誘ってくれた)、見た目が中学生みたいだけど綺麗な顔の人だ。ニコニコ笑いながらよく喋ってよく呑んで、とても楽しそうだった。俺とは全く正反対の人で、ああいう場でもなければ一生関わることのなさそうな人種。
「ああ……ちゅー先輩でしたっけ」
『あっれ覚えててくれたんだ! 見かけによらず記憶力いいねー』
俺はパッと見記憶力が悪そうなんだろうか。まあ確かに人の顔をおぼえるのは苦手だ。
だから、吐いている時にさすった背中が、骨を一本ずつ指で辿れそうなくらい薄くて「この人ほんとに中学生みたいだ」とびっくりしたのを、一週間過ぎた今でも容易に思い出せるのが自分でも不思議だ。
『あんとき世話してくれてありがとーね! それ言いたくてみっちーに勝手に電話番号聞いちゃったーごっめんねー』
「ああ……構わないですけど、そんなわざわざ」
『そんで今度ごはんとか食べない?』
「え? いや結構です」
『えー。なんでー?』
「いや、そんな、あれくらいでそんなことされると逆に申し訳ないんで」
『……恭介くんの真面目っ子! この眼鏡くんめっ!』
いや、眼鏡かけてませんが。
相手が先輩なのでぐっと堪えたが、この人の発言はツッコみたくて仕方ない。先輩的には真面目イコール眼鏡なのだろうか。なんつうステレオタイプな。
『えーでもおれが恭介くんと遊びたーい。だから今度ごはん行こうよー。それならいいんでしょ?』
「え? あ、ええ……まあ……」
『きーまりー。じゃ、また電話すんね!』
「えっ、ちょ、先輩」
一方的なマシンガントークは、やはり一方的に切れた。慌ててリダイヤルしてみたものの、どうやら公衆電話だったらしく全く違う人(通りすがりだろう)が出て逆に俺が驚かされた。
「……恭兄、どしたの?」
「いや……なんか、変な人と遊ぶことになった」
「変な人?」
「変な人」
ちっちゃくて中坊みたいで、顔綺麗なのにずっと子供っぽく笑ってるからちょっと外見無駄遣いで、勝手に飲んで勝手に酔って吐いて。
挙句、俺みたいな身長以外特徴ない男の携帯の番号をわざわざ調べて、「遊ぼう」なんて電話かけてきた。
そんなやつ、変な人としか言いようがない。
「迷惑かけられてんの?」
「や、迷惑ってほどじゃないかな」
「だと思った。恭兄、さっきの電話中、なんか楽しそう、っていうか、嬉しそうだったし」
「そうか?」
「そうだよ」
「……そうかもな」
こんな平凡な俺の、特に珍しくもない名前を一発で覚えて親しげに呼んでくれた。
俺が嬉しそうに見えたのだったら、たぶん、それが理由だ。
Fin
20080806wed.u
20080805tue.w
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