33_2.文化祭準備のこと おまけ



 

「そういや、文化祭来ます?」
 恭介の部屋で扇風機の首振りにあわせて転がっていたら、なんの前フリもなしに恭介が言った。コスプレ喫茶に参加すると聞いたときから誘われなくても行く気だったが、本人からそんな言葉を聞けるとは思わなかった。
「いくいくー。いつ?」
「えーと、再来週の土曜だから……七月十九日です」
 おれが通っていたころは十一月開催だったから、文化祭が夏にあるなんて妙な気分だ。時間がいっぱいあったからじっくり準備できたし、夏休みにみんなで泊りがけの準備をしたことなんかもなかなか楽しかった。七月開催じゃ部活の大会とぶつかって大変な人も多いだろうに。
「あれ、定期試験とかぶってんじゃないのこれって」
「かぶってますよ。つうか明後日試験です」
「え、恭介くん勉強しなくていいのー?」
「いいんです。元々推薦とか狙える頭じゃないんで、赤点じゃなければ充分」
 恭介が勉強しているのは見たことない(難しそうな本を読んでいるのはよく見る。といっても古典作品とか歴史の本とかだけど)が、成績は本人が言うほど悪くないのも知っている。この前勝手に見た試験順位票(部屋の床に落ちていた。たぶん、読んでいた本にしおり代わりにはさんでいたのが落ちたのだろう。恭介の部屋にはよくそんな感じでレシートやチラシの切れ端が落ちている)によると、クラス順位も学年順位も真ん中より少し上、といったところだった。理数系がほかと比べてちょっとかわいそうな感じだったのがいかにも恭介らしい。
「先輩こそ、試験近いって言ってましたけどいいんですか」
「んー? やー、去年も受けてた授業多いしさ」
「ああ、留年したんでしたっけ」
「そそ。でもあれだよ? おれ頭悪いから留年したわけじゃないよ?」
「じゃあなんなんですか」
「えーと、えー、恭介くんと一緒に勉強しようと思って、とか?」
「あと何回留年する気ですか」
 あきれぎみに笑って、そもそも俺が先輩と同じ大学受けるとも限らないです、と至極もっともなことを言った。地元の国立を受けるつもりらしい。東京の私立じゃ全然何もかすってないな。
「ちゃんと勉強してください」
「ふぁーい」
 頭をぐりぐりなでられながら、いくつもの言葉をのみこむ。
 このまえのあのこ、やっぱ彼女だったの? ああいう子が好みなんだ? 彼女できてもおれと遊んでくれる? 遊びに来てもいい? おれは邪魔じゃない?
 おれのこといらないって言わない?
「……どしたんすか、変な顔して」
「ひどっ、この顔けなされたことあんまりないよおれ」
「確かにあんまりけなされなさそうな顔してますが、自分で言うのはどうかと思います」
 くだらない掛け合いをしながら、顔をみあわせて笑う。
(あんたなんかいらない)
 呪うように低い声が聞こえた気がして一瞬体が強張った。でも幻聴なのはわかっていたから、無視して微笑む。大丈夫。恭介はそんなことを言う子じゃない。大丈夫。大丈夫。
 恭介はやさしい。初めて会った日からずっとやさしい。やさしい人が好きだから、おれは恭介が好きだ。けれど、おれの好きは永遠にライクなのであって、それ以上のものになることはない。なるはずもない。
「恭介くんはやさしいよねえ」
「気のせいです」
 照れているのか本気なのかよくわからないいつもの真面目な顔で、恭介は言った。
 いつもはきっちりと引いているはずの境界線がぐずぐずに崩れてしまっているせいで、この子のやさしさにどこまでつけこんでいいのか、おれは今更のようにはかりかねている。



Fin


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