45_.捨てられた日のこと おまけ



 


「旅行といえばやっぱり食べ歩きだよな! 京都の旨いもんっつったらアレか、湯豆腐とか」
「はいはいはーい! わたし都路里でお茶したい! あとよーじやも寄りたいな、京都だしっ」
 いや、いいんですけどね、と何度目かのツッコミを飲み下しながら、俺はため息をついた。珍しく相沢と青木さんが遊びに来たいというから何かと思えば、修学旅行でどこへ行くかという話し合いだった。そんなもん学校でも出来るだろう君たち。
「恭介は行きたいとこないのか?」
「いや、特に……」
 いつの間にか買い揃えていたガイドブックをめくりながら、二人は楽しそうにあちこちのページを折ったりしるしをつけたりしている。一応覗きこんではみるものの、どれもこれも同じようにしか見えない。まあ、どこ行ってもそれなりに楽しいだろうな、とは思うのだけれど、どれにしたいかと訊かれても困る。
「そーなの? 辻くんてっきり目キラキラさせながらお寺の名前並べまくるかと思ってたよ」
 いつも思うけれど、青木さんの俺に対する認識はどこかおかしい。
「っていうか、何で二人とも今からそんなにテンション高いのか逆に訊きたい」
 相沢と青木さんは顔を見合わせてから、「修学旅行だからだよ?」と当たり前のことを訊きなさんな、とでも言いたげな表情と口調で言った。うん、いや、修学旅行なのはわかりますが、ええ、いいんですけどね。はい。心の中で無意味に敬語になりつつ、天井を見上げた。前から薄々感づいてはいたが、やっぱりこの人たちとは人種が違うらしい。
 それに、と天井をにらんだままぼんやりと考える。最近先輩が家に来ていないのも、心が浮き立たない原因かもしれない。大抵一週間に三度くらいあるはずの訪問が、今週はまだ一度もないのだ。約束をしているわけではないし、週三ペースで遊びに来るよと明言されているわけでもないのだから、ある意味当たり前の状況ではあるが。
 コンコン、とノックがあって、俺は一瞬腰を浮かした。しかし控えめにあけられたドアから顔を覗かせたのは、中学生のような大学生ではなく本物の中学生だった。
「恭兄、辞書貸してもらっていい……?」
「辞書? なんのやつ?」
「えっと、英和……」
 英和ね、と本棚の一番下から辞書を取り出して持っていくと、ぞろぞろと相沢と青木さんまでついてきた。興味津々で「誰?」とささやいてくるので、辞書を渡しながらしぶしぶ紹介する。優真は人見知りの気があるので、あんまり知らない人に会わせるのもどうかと思ったのだが仕方ない。
「えーと、従妹で今うちに住んでる優真。で、友達の相沢と青木さん」
 優真は辞書をぎゅっと抱きしめつつ、消え入りそうな声で「こんにちは」といいながらぺこっと頭を下げた。そのまま後ずさって母屋のほうへ帰っていく。
「ごめん、優真は知らない人苦手で」
「あーいいよいいよ。ってか、随分かわいい子だったけどホントに恭介のいとこ?」
「おいどういう意味だ」
「ちょっ恭介、首! 絞まる!」
「絞めてるからな」
 軽く腕をかけて絞めながら、そういえば先輩も結構こんな感じで俺の首を絞めてくるな、と思った。暇だ暇だと連呼しながら転がってきて背中に体当たりしたり、座っている俺の首をぎゅうぎゅう絞めたり(息苦しさよりもむしろ先輩のあまりにも細すぎる腕の頼りなさにはらはらする)、先輩はわりと暴力的だ。いとこたちが小さかった頃のような、子供っぽい「かまって」のサイン。俺のところへ来ていないのは、そんなふうに体当たりしたり絞めたりしなくても構ってくれる誰かを見つけたせいかもしれない。いや、べつに、いいんですけど、いいんですけどねえ。別に腹なんか立ってませんけどね。べつにね。先輩がどこで何してようが自由なんですけどね。ホント、べつに、どうでもいいんですけどね?
「つ、辻くん! 相沢くんがちょっと本気で大変な顔に!」
 気づかないうちに、思っていたより腕に力が入っていたらしい。悪い、と慌てて離すと、咳き込みながら相沢が首を振った。
「や、こっちこそ悪かったって。そんな怒ると思わなかった」
「え、あ、いや、怒った訳じゃ……」
「じゃあ今の容赦ないヘッドロックは何なんですか恭介くん……」
 なんなんだろう。俺もわかんない。
 と言えるはずもなく、さりとてうまい言い訳も思いつかない。あー、あの、ともごもご呟いた挙句、ようやく口にしたのは「……ノリで?」だった。
「ノリで人をオトしかけるんじゃないワヨ! 全くもう怖いわネエこの子」
「いや、本当に悪かった。……けど何でオネエ言葉になるんだ、相沢」
「ノリで?」
 がっくりと脱力しつつも、冗談で流してくれる優しさがありがたい。最初に腕をかけたときには本当にただのノリだったのだが、先輩のことを考えているうちに何故だかはからずも力が強くなっていってしまった(らしい)のだ。何か適切な言葉があるような気がするが、なんだったろうか。
(……八つ当たり?)
 ふと浮かんだ言葉があまりにも的確すぎるように思えて、必死で打ち消した。


Fin


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