46_2.時間をもてあましている理由のこと おまけ



 


「ばーちゃん聞いてよ」
 腰をおろして墓石に語りかけながら、おれは煙草を取り出して火を点けた。自販機というやつは便利なものだ。おれのような子供にもちゃんと小銭数枚で法律を犯して物を売ってくれる。毎週水曜日の夜、おれは墓地で煙草三本分の時間、祖母と話をする。といっても霊感なんてないから、ただおれが一方的に話しかけ続けるだけだけど。
 ゆっくりと煙を吸い込むと、肺が内側から燻されて縮むような感じがした。いかにも体に悪いものを入れている、という感じがして、昼間に体育教師(入学式に因縁をつけられて以来おれを目の敵にしている森田、通称脳筋モーリー)とやりあったときのイライラがやわらぐ。
「あの脳筋モーリーねぇ、何回言ってもおれの髪は地毛だって覚えられなくて『黒に戻せ』って言ってくるんだよ。黒だった時代ないっつうの。無駄に体育教官室ひっぱられるしー。もーめんどいー」
 あらあらそれは大変ねぇ、と笑う祖母の声が聞こえた。といっても祖母が亡くなったのはもう四年も前のことだから、すべてはやわらかく薄れている。たぶん、おれが祖母のものだと思っているこの記憶の中の声も、かなりの捏造が加えられているのだろう。すこし切ないけど、でもそれは仕方のないことなのだ。おれが母親のことをよく覚えていないのと同じように。母親とどこへ行った、何をして遊んだ、どんな料理が得意で作ってくれた、そんな記憶はあるのに、声は全くと言っていいほど覚えていない。
「あのね、ばーちゃん。おれ学校つまんない。みんな仲良くしてくれないしめんどくさいこといっぱいあるし」
 最初は髪の色以外特に目立つところはなかったのに、「黒に戻せ」と怒鳴る教師を相手に「地毛だ」と言い張ってやりあい続けるうち、いつのまにやら線を引かれてしまった。話が広がるうちにおれは札付きの不良ということになって、そのせいで変につっかかってくるか過剰に避けられるかのどちらかになってしまった。そういうことなら、と期待にお応えして不良らしく深夜徘徊(という名のおさんぽ)したり煙草やお酒をたしなんだり喧嘩を丁寧に片っぱしから購入してみたりしたけど、別に楽しくない。大体、おれ以外の不良ってつるんでるのに、なんでおれだけつるんでくれる人いないんだろう。いいけどさー。いーいけどさあー。
「ばーちゃん死んでから、じーちゃんともあんまりうまく喋れないし。……じーちゃんのこと好きだけど、でも家、いづらい。家も学校もつまんない」
 煙が目に入ったのか、じわっと涙がにじんだ。面倒なので拭いもせずに、ただぼうっと空を眺める。空にたくさんちりばめられた星は、腹いせに蹴り飛ばしたゴミ箱からこぼれた無数の紙くずによく似ていた。
 あの光る紙くずのどれかに、祖母や父親はいるのだろうか。おれのそばに降りてきてくれずに、手の届かない場所できらきらときれいに光ってるだけなんて、ひどいよ。
「つまんないよ」
 本当は違うことを言いたかったのに、口は「つまんない」とだけ繰り返した。
 さみしいよ、ばーちゃん。まだじーちゃんがいてくれてるのに、なんかおれ、ひとりぼっちになったみたいな気がする。時々藤見さんが来るとうまく喋れないのがちょっとだけマシになるからいいけど、でもさ。
 毎日さみしくてさみしくて、泣けてくるよ、ばーちゃん。


Fin


20100822tue.u
20100815sun.w