47_2.一人旅のこと おまけ



 


『恭介くんは牛派? 豚派?』
 という謎の電話から一時間後、ちゅー先輩が両手にビニール袋を提げてやってきた。
 夏休みの天文部OBOG会で出会ってからというものなぜか俺に構ってくるこの人は、携帯を持っていないのでいつも公衆電話から一方的に「今から行くね」とだけ告げて家に来るので、予告を受けたが最後部屋で待たざるを得なくなる。非常に迷惑である、と言いたいところだが、学校に行く以外大した予定のない俺には断る口実がない。
「おじゃましまーす」
「さっきの質問なんだったんですか」
「恭介くんもお酒のむ?」
「未成年なので結構です」
 俺の問いかけを無視して右手に持っていた方のビニール袋からやけに派手な色の缶を取り出し、ちゅー先輩はにっこり笑った。初めて会ったときにも似たようなセリフで断ったな、と思い出す。基本的に食べ物も飲み物も食えればそれでいいので、酒もジュースも水もお茶も俺の中では同じようなものだ。別にアルコールへの興味がない以上、破らなくていい法律は破らない方がいい。
「外見はどう見ても未成年じゃないからのんじゃえー! ぐぐっと!」
「呑みませんってば」
 ぐいぐい押しつけられる缶チューハイを手の甲で遮りながら、それを言ったらちゅー先輩は外見がどう見ても未成年だから呑んじゃ駄目でしょう、と返したくなるのを堪える。それにしてもビニール袋がふたつあるけれど、まさか全部酒とつまみじゃないだろうな。一体酒にいくら使ってんだ、というのはまあ俺に関係ないことだから置いておくとして、呑みきれなかった分を押しつけられたら困る。
「ちゅー先輩、そっちの袋何ですか」
「牛くんと豚くんです」
「……芸人ですか?」
「それはカエルじゃない?」
 あけてみ、とうながされて袋を覗くと、ソースと鰹節がごってりとまぶされたお好み焼きのパックがふたつ入っていた。先程の『牛派? 豚派?』という訳が分からない質問は、どうやら牛玉か豚玉かの意だったらしい。それにしても、この近所にテイクアウトのできるお好み焼き屋なんてあっただろうか。
「あのー、OBOG会やったお店のお好み焼き」
「『細道』ですか!?」
「それそれ」
 基本的に食べ物も飲み物も食えればいい、の、数少ない例外が粉モノである。なんだったらもう毎日夕飯がお好み焼きとたこ焼きでも構わない、と思うくらい好きなのだけれど、両親はお好み焼きが嫌いなので残念ながら食べる機会はあまりない。一人で食べに行くのもちょっと寂しいし。
「さめちゃうから早く食べよー」
「あっ、はい」
 箸持ってきます、と腰を浮かせると、「スーパーでお酒買う時もらってきた」と割り箸を渡された。正直母屋に行く時間も惜しいくらい早く食べたかったので嬉しい。パックを開けて大雑把にお好み焼きを切っていると、「テキトーにちぎりながら食べなよ」とちゅー先輩が箸を振った。
「おれどうせあんまり食べれないから恭介くんいっぱい食べていいよ」
「え、いいんですか」
「いいよおー。あ、でもおれに感謝しながら食べなね」
「ありがとうございます」
 素直に頭を下げると、ちゅー先輩はケラケラ笑った。自分で要求しておいてなんだその態度は、と思ったが、『細道』のお好み焼きを買ってきてくれた恩人なのでツッコまないで済ませる。豚玉をつつきながら喋っているうちに、ふと疑問をおぼえた。
「……『細道』ってテイクアウトやってないですよね?」
「やってないよー」
「これどうしたんですか」
「んっふっふ。美少年って得だよねー」
 手に持っていたチューハイを一気にあおって、ちゅー先輩は悪い顔をした。何をしたのかは訊かないでおこう。あんまりロクなことではない気がする。それよりも、俺より四歳年上なのに「美青年」ではなく「美少年」という自称が全くおかしくないちゅー先輩の外見の凄さに今更ながら驚かされた。この人すごいな。
「……なーに?」
 まじまじと顔を見ながら豚玉を食べていると、ちゅー先輩が小首を傾げた。男相手にそんな仕草しても効きませんよ。というか、仮に俺に対してその仕草が効いたところで一体何をしろというのか。
「や、えーと、あ、お好み焼きおいしいんで、ありがとうございます、と」
「おー。よしよし。もっと感謝してー。あがめてー。たてまつってー」
 にーっと笑ってピースサインを向けてくるちゅー先輩は、酔っ払いはじめたのか顔が赤い。表情も美少年モードのときとはうってかわってふにゃふにゃしている。
 それなのに何故だか、今まで見たちゅー先輩の笑顔の中で、一番いい顔だと思った。


Fin


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