09hw-02.お菓子?のこと



 


※本編とは関係の無い一種のパラレル的な何かだと思ってくださるとありがたいです。
※本編と違って既につきあっ……てるんじゃないかな
※この話における恭介はヘタレながらもわりかし攻めくさいので、恭介は受け以外認めない派やヘタレ恭介はキモイよ派の方は読むのをやめておいた方が良いと思います。
※先輩も普段よりは受け度が高いので、先輩は攻めだよ派や先輩は受けだけど男前でいてほしいよ派の方もやめておいた方が良いと思います。
※恭介が若干変態くさいです。申し訳ない。




















 十六年と九ヶ月の人生において、自分に特定のフェティシズムがあるとは露ほども思ったことがない。
 ないのだが。
「……先輩」
「あーい?」
 布団に寝転びながら、持ってきた漫画雑誌を読んでいる先輩が顔を上げた。平常心平常心、と心の中で唱えつつ手招くと「なーにー」とそのまま床を転がって、正座している俺のもとまでやって来る。立って歩くよりめんどくないすか、とツッコむのも忘れて、髪の毛に触れた。
「……あの、先輩」
「なに?」
「引かないでくださいよ」
「内容によるよそれは」
 それもそうですが、とこたえる自分の声は我ながら非常に歯切れが悪い。あー、あのー、えー、あのですね、ええと。言いよどんでばかりでも仕方ないので、半ば捨て鉢な気分で、勢い任せに言った。
「先輩の耳たぶがおいしそうで、ここ数日気になってるんですが」
「……すごいところにボール投げてきたね、恭介くん」
 呆れたような驚いたような声に、やっぱり言うんじゃなかったかと一瞬後悔した。しかしここまで来たら最後まで言ってもドン引き具合は大差ないだろう。意を決して、続けた。
「あの、……か、噛んでみていいっすか」
「…………」
 言わない方がマシだったかもしれない。
「……恭介くんって耳フェチ?」
「たぶん違うと思うんですが、なんか先輩の耳がやわらかそうだったので、その、なんか、さわったり、とか……噛んだりとか、してみたいなと……すみませんもういいです……」
 言えば言うほど恥ずかしくなってきた。ああああ誰か時間を巻き戻すか俺の頭をカチ割るかしてくれないか、頼むから。でも本当に気になって仕方ないのだ。ふっくらと丸くて厚みのある耳たぶは、元々白めな肌の色とあいまってなんだか羽二重餅のようだ。形容詞ならば「おいしそう」、擬音なら「もちもち」がよくハマる。と、こんなことばっかり考えてるとまた妙なことを言い出しかねない。これ以上ドツボにハマるのを回避すべく、湧き出てくるオノマトペの群れを脳味噌の隅っこに追いやろうと苦戦していると、先輩の唐突な「いいけど」という一言が降ってきた。
「ですよね無理ですよねすみませ……ん?」
「いや、別にいいよ?」
「引いてたじゃないすか今! 無理しなくていいです!」
「や、恭介くんにも人並みにそういう嗜好とかあったのかと思ってちょっと驚いただけ」
 だから耳フェチではないんですと必死に弁解しようとして、やめた。フェチだろうがそうでなかろうが、先輩の耳がおいしそうだなんてアホみたいな考えをこの一週間もやもやともてあそんでいたのはれっきとした事実である。自分に嘘はつけない。それもこれも全部全部若さのせいだ、と全くもって意味不明な言い訳を胸のうちで呟いた。
「噛みちぎったりしないでよ」
「そんなことしないですよ」
 先輩と俺は約三十センチ近く身長差があるので、どういう体勢を取るべきか迷った。酔い潰れた先輩を寝かせるために敷いている布団の上に横になる、というのは倫理的にマズい気がしたのでやめる。かといって代替案があるわけでもない。二人で散々協議した後、俺の膝の上に先輩が座る、ということに落ち着いた。背中側からだと肝心の耳朶を噛みづらいので、向かい合わせである。これも倫理的にどうなのか、と提案しながら思ったのだが、これ以上のアイデアはなかったのである。
「恭介くん、おれこの体勢なんていうか知ってますけど」
「奇遇ですね、俺も知ってます」
 男二人で一体何をしてるんだ、という空しさに似た何かが心をかすめた。しかしここで思う存分食ませてもらいさえすれば、あー先輩の耳っておいしそうだよなあどんな感じなんだろうかと思い募るあまり、好きでもない大福や外郎を近所の和菓子屋で買ってきてしまう日々に終止符を打てるに違いない。何より当人が協力を申し出てくれているのだ。千載一遇、優曇華の花というやつである。
「えーと、どこからでもどうぞ?」
 目を閉じて口を引き結んだ先輩は、当たり前のことではあるが若干緊張しているらしい。失礼します、と(何か違うなと思いつつもそれしか浮かばなかったのだ)軽く頭を下げたものの、決心がつかずにとりあえず指で触れてみた。想像していたよりもしっとりしている。脂気が薄くてやや乾燥気味な俺の皮膚とは全然違う手触りだ。むにむにとしばらく指で揉みまわす。小学生の頃、理科の実験で作らされた洗濯のりのスライムを家でずっとこねて遊んでいたことをふと思い出す。進歩しないにも程があるな、俺。しかしこれくらいのスキンシップなら、わざわざ頼まなくとも頭を撫でるついでにつまんだりすれば済む話である。
 耳を、噛んでみる。それが目的だ。先輩が覚悟を決めてくれたのに、俺がやらずにどうする。据え膳食わぬは男の恥とも言う。いやそれは今関係ないか。
「い、いきますよ」
 一応声をかけてみると、ん、と短く頷いた。先輩の背中を抱き寄せて、耳たぶに顔を近づける。タイミングがわからなくなって、不規則に息を吸ったり吐いたりしているうち、だんだん呼吸が荒くなってきた。やばい、違う、違うんです先輩、と何が違うのかさっぱりわからない弁解を心の中だけでわめく。喉がひりついて、実際には一言も喋れる気がしない。
 意を決して、そっと前歯で耳たぶをはさんでみる。指で触れていたときとはまた違った感覚だ。やわらかいけれど、芯を持って歯をほのかに押し返す。求肥よりも、最近流行のふにゃふにゃしたグミの方が食感としては近い。けれど味がない分だけ飽かず延々と探っていられる。ちぎれるくらい思い切り噛んだらどんな歯ごたえだろう、と思ったが、誘惑に負けない程度の理性は残っているのでそのままの力加減でやわやわと噛んだ。軽く歯をずらすと、皮膚がそれにあわせてくにゃりと動く。ただそれだけのことが何故か楽しくて、何度も何度も繰り返した。
「痛くないですか」
「……」
 ふと気づいて訊ねると、先輩は無言で首を横に振ってから、小さな声で「くすぐったいから喋んないで」と付け足した。しまった、そこまで考えてなかった。ごめんなさい先輩。
 歯の隙間から舌で耳の裏側をぞろりと撫でると、先輩の肩が跳ねた。くすぐったいのだろう。ああでもすみません、ちょっと、あの、いいですか。喋んないでと言われたので口には出さないまま、ぎゅっと先輩を抱きしめなおして、耳を食む。あまりにも夢中すぎて、息をうまく吸ったり吐いたりできない。は、っはあ、は、は、っあ、とまばらにしか呼吸ができていないのを、他人事のように聞く。感覚がだんだん口元に集まってきて、唇と歯と舌だけでできた生き物になったような錯覚に襲われる。溜まった唾液を嚥みこんだときに鳴った喉が、やけに自己主張しているような気がする。舌で耳たぶのふっくりとした厚い肉のまるみをしつこいくらいに確かめる。今、粘土を口の中に含んだら、先輩の耳たぶの形を再現できるんじゃないかってくらいに何度も撫で回す。吸いつくような、それでいて跳ね返すような、今まで体験したことのない感触を、味わう。
 二時間くらいはそうしていたような気がしたけれど、顔を離して時計を見てみると、決死の覚悟で耳を噛ませて下さいと言ってからまだいくらも経っていなかった。
「おわったの?」
「あ、は、ハイ」
 口の端から一筋垂れた涎を手の甲でぬぐってから、はっと気づいてハンカチを取り出す。俺の唾液で濡れた耳をしつこいくらいに拭いてから「すみませんでした」と頭を下げると、先輩はいつもどおりの笑顔で「いいってことよー」と手を振った。
「気は済んだ?」
「おかげさまで」
「よかったよかった」
 本当はすこし未練があったが、まさか「足りないのでもうちょっといいですか」などと言えるはずもない。似たような食感のグミを探そう、と決めて、もう一度頭を下げた。
「ありがとうございました。なんか変なことに付き合ってもらってすみません」
「いーよいーよ」
「……」
「……」
「……、あの、先輩。いつまで座ってるんですか」
 先輩は相変わらず俺の膝、というか太腿の上に座ったままである。こんな至近距離で、ついさっきまでとても正気の沙汰とは思えないような行為に付き合ってもらっていた相手の顔を見続けるのは、さすがにきまりが悪い。せめて普段の位置関係に戻りたいのだが、先輩はふにゃりとあいまいに笑った。
「恭介くん」
「はい」
「恭介くんのせいで、おれは只今動けません」
「……そ、れ、は」
 意味はあまり考えないようにしながら、さりげなく先輩の笑顔から目を逸らす。追い討ちのように「恭介くんがえっろいからだよ」と呟く声がした。
 叶うことならやはり時間を巻き戻して己の頭をカチ割ってやりたい、と、真剣に願った。


Fin


20091031sat.u
20091031sat.w




耳はむ萌えだよね!という話で盛り上がったはいいのですが、何も星待でやらなくてもよかったなと今思いました。
すみません。