09'WG-01.猫によく似たひとのこと


 

 昔、猫を飼っていた。小学生の夏休みに飼い始めて、中二のときに死んだ。
 グレーの虎縞で、猫の種類はよく知らないが、公園に捨てられていたのだから多分雑種だろう。図書館に行こうと出かけたのに、途中で通った公園で何故か懐かれてしまい、そのまま連れて帰ってきたのだ。もちろん親は元の場所へ置いて来いと言ったが、無視して一週間ほど面倒を見ていたら折れてくれた。何を言っても無駄だと思ったらしい。
 苗字が辻だから、という至極安易な理由で「仁成」と名づけた。猫の飼い方の本を読んで最低限の世話を覚えたり、色んなものを小遣いで揃えたりするのは、何もかもが初めてでとても楽しかった。
 仁成の首輪は確か青だった。鋲が丸ではなく星型のもので、かっこいいだろ、とつけながら話しかけると、いつもは無愛想な仁成がにゃあと一声答えてくれた。嬉しかったので宿題の絵日記に長々と書いたら、先生が「恭介くんのねこが大好きなきもちがよくつたわってきました」と花丸をつけて返してくれた記憶がある。
「……どしたの、恭介くん」
 そんなことをぼんやりと思い出していたら、いつのまにか先輩のことを見つめていたようだ。首をかしげた先輩が、読んでいた漫画雑誌(ヤングキングアワーズとかいう、ヤングジャンプすらおぼつかないここらへんじゃ見かけないやつだ)を置いて俺のほうをじっと見ている。なんかついてる? と頬や額を触っているのが、顔を洗っている仁成みたいで少し笑えた。
「先輩、ちょっと」
「んー? なになに?」
 雑誌を置いてこっちに来た先輩の手をひっぱり、膝の上に座らせる。サイズも重みも勿論全然違うけれど、子供みたいな体温の高さはよく似ている。
「恭介くん」
「はい」
「あの……これ何?」
 俺の膝の上に乗ったまま、先輩が戸惑ったような声で訊ねてくる。酔っ払うと勝手に座りに来るくせに、と思いつつ、適当に「甘やかしてるんですよ」と答える。
「嫌ですか?」
「いや……じゃないけど、なんでいきなり」
「そんな日もあるんです」
「……うん、まあ、いいや」
 理解するのは諦めたらしく、力を抜いて頭を預けてきた。髪の毛を指で梳きながら、とりあえず先輩は俺より先に死んだりはしなそうだ、と根拠も意味もなく安心した。
「せんぱい」
「なにー」
「俺より先に死んだら駄目ですよ」
「え、おれ死相出てる?」
「出てませんけど」
 今日の恭介くんはよくわかんないなあ、と先輩は楽しそうに笑う。
「今日は大サービスの日?」
「たぶん」
「ちゅー、きょーすけのこと、すきー」
 大ヒットしたアニメ映画のセリフを真似て、いつもよりすこし高い声で先輩が言った。二十歳を過ぎた男にあるまじき甘ったれた口調が気持ち悪くないなんてこの人は本当にすごいなあ、とどうでもいいところに感心する。
「先輩は猫じゃなくて金魚だったんですか?」
「人間です」
 喉のあたりをくすぐってみても、当然ながらごろごろ言わなかった。代わりに「なーにー」と間延びした声で訊いてくる。鳴き声みたいだな、と思って、また笑った。



Fin


20090301sun.u
20090301sun.w


◆リクエスト内容:甘える先輩と甘えさせる恭介
沿ってない気がしてならないので今度また何か書きます…
リクエストありがとうございました!