09'WG-03.桜の花が咲いた日に



 

「ば、番号見えない……」
 受験票を握り締めて、わたしは精一杯背伸びをする。普通科の合格発表掲示板の前は人が多すぎて、百五十センチちょっとしかないわたしの身長では数字を確かめられない。おまけに受験勉強のせいで視力が落ち、めでたく眼鏡デビューしてしまったというのに、まだ慣れていないせいで今日は家に忘れてきてしまったのだ。かなり近くまで寄らないと番号が探せないのだけれど、この人数じゃちょっと難しそうだ。
 入試のときの手ごたえは悪くなかったが、良かった覚えもない。あとで自己採点をしてみたら、英語と国語はよかったものの、数学でケアレスミスを連発していた。今年の公立はどこも合格点が高かったらしい、と聞いて、今日までずっと泣きそうな気持ちで過ごしてきた。千鳥ヶ崎に落ちたら遠くの私立まで一時間かけて通わなくてはいけなくなる。乗り物に弱いので、それはいやなのだ。
「痛っ」
「あっ、す、すみません」
 悪あがきでぴょんぴょんはねていたら、合格発表を見終わって出てきたらしい人の足を踏んでしまった。慌てて謝って顔を上げると、なんだか怖い人で、わたしはびくっとする。背が高い(私より二十センチは確実に高い)し、不機嫌そうな顔をしている。髪は染めても立たせてもいないけれど、不良の人かもしれない。
「……番号?」
「え、す、すみません」
 声が低くて、ただでさえパニックになっているわたしはうまく聞き取れずに謝ってしまった。違う違う、と首を振ってから、その人は「ば・ん・ご・う」とゆっくり区切ってもう一度訊いてくれる。
「発表、見えないんだろ?」
「あ、えっ、は、はいっ」
「貸して」
 不良(仮)さんはわたしの手から受験票を勝手に取ると、もう一度掲示板の方に戻っていった。ぽつんと残されたわたしが状況を把握しきるよりも早く戻ってきて、ぽかんと広げたままだった掌に受験票を返してくれる。
「あ、あの」
「番号あったよ」
「え」
「おめでとう」
 それだけ言うと、彼は名前を訊く暇もお礼を言う隙もなくさっさと行ってしまった。もしかしたら彼は落ちたのかもしれない。
 それにしても、足を踏んづけた他人の合格発表を見てきてくれるなんてすごくいい人だ。不良かも、なんて思ってしまってごめんなさい、と、心の中で謝った。


 四月、同じクラスに彼がいて、辻恭介という名前だと知った。顔を見ても何も言わなかったから、辻くんはすっかりわたしのことなんて忘れているのだろう。
 あいかわらず怖い雰囲気は変わっていなくて、クラスの人たちからはすこし距離を置かれているけれど、全然気にしないでいつも静かに本を読んでいる。
 けれど合格発表の日の彼を覚えているわたしには、小説を読む横顔がやさしげに見える。
 それがふたりだけの秘密のようで、なんだか少し、嬉しい。



Fin


20090301sun.u
20080728mon.w



◆リクエスト内容:青木さんが恭介を好きになった理由
理由というか出会い編ですが…このあともうちょっとだけ続くんですが今度。
リクエストありがとうございました!