09'WG-04.共痛点



 

「あたしのシャンプーめっちゃ高いのーストレスちょおたまって髪ぶわっさーなるから高いのでうるおいモイスチャー的なアレじゃないともう一日もたないのね髪のまとまり感。なのにゆっちが勝手にあたしのやつ、りーこのってちゃんと書いてあんのにシカトして使ってさあしかもワンプッシュじゃないのね三回ね、サンプッシュよサンプッシュもすっからもうねあたしが入るときなくなってて買い置きの詰め替えもさあなくてね、仕方ないからゆっちの持ってた旅行用のちっちゃいシャンプーあんじゃん、あれ使ったのねリンスのいらないメリット。でもやっぱリンスいらないとかナメてんじゃん。だからーようするにーゆっちのせいでいま髪めっちゃくちゃいたんでんのね、もおさいあく」
 ニコニコ(というかオレの顔の構造的にはニヤニヤ)しながらお客さんの話を聞いてると、いろいろな発見やツッコミどころがあっておもしろい。たとえば、人ってのはこんなに一気に喋れるんだなーすげーなー、とか。それはどっちかっつとサンプッシュじゃなくてスリープッシュじゃないのとか。でも彼女が言ってほしいのはそういうことじゃない、ってこともちゃんとわかってるから、オレは伸ばし放題の年齢に見合わないハデなド金髪をひっぱって笑ってみせる。
「っやあ、オレの方がやーべーっすよ。パサパサつーかバッサバッサしてっすよほんと」
 気分でいろんな色に染め替えていたせいで、オレの髪はものすごく傷んでいる。この前会った高校時代の悪友には「おめーの髪よりススキで作ったホウキのがまだキレイだよ」とまで言われた。や、さすがにそこまでひどかねーよ。どんだけボサボサよそれは。
「うわーアサちゃん髪ひっど」
「ほんとひっでーっすよお」
「あーなんかあたし勇気わいたー。っかー、んなに髪いたんでもヒトって死なんねー」
「っすよ」
 ていうか髪傷むどころか剃っても死なないすよ普通。
 いや、髪は女の命っていうし、男は大丈夫でも女は死ぬのか? いやまさか。どうでもいいことを考え始めたオレをよそに、茶色がかった金髪をくるくる指に絡めて、彼女はにへっと笑った。
「ゆっち待ってっからおうちかえゆ。お会計」
「あざっす」
 レジを打ちながら、あーいいなーと思った。いいなー。帰ったら誰かが待っててくれる生活いいなー。ひらひら手を振ってあげると、にこっと笑って「アサちゃんばいばいまた来んねー」と手を振りかえしてくれた。かわいい。顔がどうじゃなくて、なんつか、幼稚園の子供と同じレベルの「かわいい」だ。
 オレにも誰かが待ってくれてる生活をしてた時期があった。でもそれはオレが学生だったころの話だから、もうずっとずっと前のことだ。
 一緒に住んでいたのは(というか、オレが住み込みで働いてたんだけど)カオリさんという人で、当時の年齢は今のオレくらいか、もう少し上くらいだったと思う。遅寝遅起きで偏食のうえに少食、おまけにいつも後ろ髪が寝癖でぴょんぴょん勝手気ままにはねている、およそ大人らしくない人だった。腕も足もただでさえ不健康に細いのに、黒っぽい服ばかり着ていたせいで余計に細く見えた。いつもリビングのソファに座っていて、滅多に動いているところを見なかった。
 カオリさんと暮らしていたときのことを、オレはなるべく思い出さないようにしている。いない人のことを考える人生ほど不毛なものはない。どんなに会いたいと思っても、吐くほど泣いても、無理なものは無理なんだから仕方ない。骨っぽくて節の目立つ手も、子供みたいな満面の笑顔も、二度と手に入らない。オレがカオリさんに残してもらったものは、「アサ」というたった二文字のあだ名だけだ。二年間一緒に暮らしていたのに、写真さえ持っていない。
「あーひさしぶりー」
「や、お客さんまーた来たんスかー。せっかく脱ネカフェ難民したかーめでてーなーとか思ってたのに」
「だからー、おれ別にネカフェ難民的なものではないんだってばー。ただの漫画好きな美少年なんだってば」
「美少年とか自分で言いますかー」
「言うねー。誰も言ってくんないから自分で言うね」
 入ってきた常連客が、オレに気づいてにっこり笑った。会員証を作った時に見た免許に書かれていた生年月日的にとっくに成人しているはずだけど、下手すると中学生に見えるし、確かに美青年よりは美少年と言ったほうがしっくりくるルックスだ。腕も足も(不健康に、ではないけど)細くて、髪がふわふわとはねていて、笑顔がひどく子供っぽい。全体的には完全に別人なのに、彼はところどころカオリさんに似ている。だからオレは彼が来ると、嬉しいような辛いような微妙な気持ちになる。
「今日のオススメなんじゃらほい」
「最近長いの読んでないからなア。そーだなー、『トッキュー!』でどうでしょ」
「長いの?」
 この人はいつも長い漫画ばかり読みたがる。そのせいで一巻完結やまだ巻数の少ないものを薦められなくてちょっと残念だ。でもまあ、相手の要望どおりのものを薦めたほうがオレもお客さんも幸せになれるので、無理に押しつけるつもりはない。
「長いスよ」
「じゃーそれー」
「三階の本棚、数えて四つ目の二段目左真ん中ちょい過ぎあたり」
「すごいねー全部覚えてんの?」
「まーそれがお仕事デスカラ」
 半分ウソだけどね。
 オレ以外の店員はオススメを訊かれたりしないし、どこにどの漫画があるかをそらで言えるのはオレくらいだ。アサさん仕事熱心すぎですよ、と言われたりもするけど、不真面目にやって金を貰うより働きすぎくらいのほうが気持ちがラクでいい。それに覚えとくと自分で読みにいくときに便利だし。
 彼はいつもありがとねーとにっこり笑って、エレベーターのボタンを押した。オレは読みかけの漫画をパラパラめくってどこまで読んだか探していると、あーそうだ、と彼が振り返る。
「アサちゃんさあ」
「はーい?」
「なんかさあ、おれが来ると時々なんかすげー寂しそうに笑うよね。なんで?」
「……そースかねー。お客さんの方こそそんな感じじゃないスか」
 少しつまりつつ答えると、彼はうっふっふ、とアヤシゲに笑って「そーっすかねー」とオレの口真似(すごく似てない)をした。うっふっふ、て。二十歳過ぎた男の笑い方じゃなくね。どうでもいいところに心の中でツッコミを入れつつも、ああそうか、と納得する。
 彼もカオリさんもひどく楽しそうに顔中で笑うくせに、どこか寂しげだった。そして彼の言うとおりオレも寂しげに笑っているとしたら、思いつく共通点はひとつしかない。
「お客さん、好きな人に死なれたりとかしたんスか」
「うっふっふー、ハ・ズ・レ」
 またも謎の微笑みを浮かべて人差し指を唇に当てると、彼は「でも当たらずとも遠からずー。残念賞」と言い残して降りてきたエレベーターに滑り込んでしまった。今の答えにおいて当たってないけど遠くもないって一体何なんスか、とツッコむ暇もない。
 扉が閉まって、ランプが三階まで上がっていくのをぼんやり眺めながら、もうあの人うちの店に来なきゃいいのになあ、と結構真面目に思った。
 子供っぽい仕草がいちいちオレの一番好きだった人に似てるから、正直ちょっと泣きそうになって、困る。




Fin


20090301sun.u
20090225wed.w



◆リクエスト内容:アサがメインの話
アサの仕事が見たいとのことでしたがなんか仕事してませんねすみません。
リクエストありがとうございました!