09'xmas-03.約束


 

 電車は苦手だ。ざわざわする手触りの赤い座席も、ボックス席の窮屈さも、なんだかわからない独特の匂いも、嫌というほど垂れ下っている広告の鮮やかさも。電車を使わなくても美術館やプラネタリウムに行ける、という一点のためだけに東京の大学を受けようかと思ってしまうくらい性に合わない。小中高とずっと地元の、しかも徒歩圏内の学校に通っているから、バスや電車という乗り物自体に馴染みがないのだ。今日みたいに親戚が入院して見舞いに行く、というような特別な出来事でもない限り、進んで乗りたいものでもない。勿論、二日ほど家を空ける旨は先輩にちゃんと言っておいた。こんな寒い日に外で待ちぼうけを食らわせるのはしのびない。
 先輩は電車が好きだと言っていた。単純にわくわくする、のだそうだ。どこか知らないところまで連れて行ってくれる、力強い腕のようだと。それを聞いてからますます電車が苦手になった。「連れて行って」くれるのではなく、「連れて行かれ」てしまうような気がするのだ。勿論、俺はきちんと目的地までの切符を買って適切な電車に乗り(必要に応じて乗り換えもして)出かけることができるので、「連れて行かれ」ることはない。頭ではそうわかっているのに、依然、苦手意識は抜けない。
 携帯を取り出してみるものの、着信も新着メールもない。元々アドレスを知っているのが身内を除けば両手の指で足りる数だし、俺は自分からまめにメールを送るタイプではないので、必然的に俺の携帯は仕事をしていない時間の方が長くなる。普段はそれで構わないのだけれど、今日は何故か妙に気になって何度も携帯を見てしまう。
「母さん、あとどんくらいで模山着くの」
「えー? そうねえ、次が稲上駅だからー……一時間くらいじゃない?」
 模山駅に降りたらちゅー先輩に電話をかけよう。用事は特に無いけれど、一言二言話がしたい。
 恭介くん、と呼ぶ声が、自分でも驚くくらいに恋しい。



Fin


20091225fri.u
20091225fri.w

 

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