09'xmas-04.寒さ


 

「うーくっそ寒い! 寒い恭介!」
「その言い方やめろ、相沢。なんか俺がスベったみたいでイヤだ」
 隣でマフラーに顎を埋めた恭介がぼそぼそ言った。背丈相応の低くて落ち着いた声が毛糸のせいでくぐもっている。相変わらずツッコミが速い上に細かいヤツだなあ、と感心して顔を見ていると、なんだよと眉をひそめられた。いいだろ別に顔見るくらい。
 俺は電車通学なので、高校から歩いて五分のところに家がある恭介と下校することはほとんどない。こうして制服姿で並んで歩くのはなんだか新鮮だ。駅前の郵便局に用事がある、というので、一緒に駅まで行くことになったのである。
 天気予報で今日明日が寒さの底でしょう、と言っていたのは本当らしく、指や爪先がしびれるようにつめたい。はあ、とゆっくり吐かなくても息が白くなる。信号待ちの間、二酸化炭素がふわりとあらわれては消えるのを楽しむように息を吐いて遊んでいると、「子供みてぇ」と笑われた。
「あ、恭介、自販機」
「そうだな、あれは自販機だ」
「なんか買って」
「……なんで」
「寒いからだよ!」
 自信満々に言いきると、恭介は肩をすくめて「そこらへんのお姉さんにいつものジャニーズスマイル振りまいたらおごってもらえるんじゃないか?」なんて失礼極まりないことを言った。俺の笑顔は百二十円かよ。じゃなくて、一体俺のことを何だと思ってんだ恭介。
「俺の笑顔は高いぜ?」
「はいはい。で、何がいいんだ」
「何って?」
「何か買って、って言ったの相沢だろ」
 ポケットから財布を取り出して、不思議そうに恭介は訊いた。今の流れでおごってくれるとは思わなかったので、えーとちょっと待って、と自販機を確認する。
「なんでもいいならこのつめたーいポカリスエット買ってやるけど」
 おなじみの白い缶を指されて、俺は慌てた。恭介は基本的に良識のあるツッコミ役(本人は不本意らしい)だが、時々冗談と本気の境目がおかしくなる。黙っていると本当にこの極寒の帰り道でつめたいポカリスエットを「さあどうぞ」とされるかもしれない。
「ちょっ恭介俺死んじゃうから! 凍死する! 待ってえっとえーと、これ、これがいい!」
「冗談なのに……はいはいこれな」
 俺もそれにしよ、と小銭を入れて微糖のコーヒーを二本買い、一本放ってくれた。半分くらい神経の死んでいた指が解凍されて、感覚が戻ってくる。あったかいって幸せだ。
「サンキュー恭介!」
「どういたしまして」
「今度肉まんかなんかおごってやっかんな……」
「別にいい。俺、ポカリ一本分お前に借りあったから」
「そうだっけ?」
「そう。あの時は助かった」
 最近恭介に何かおごった覚えはないけどな、と思いだそうとしてみるが記憶が無い。眉根を寄せつつコーヒーを啜っていると、恭介がくっくっと笑った。
「去年の春だよ」
「去年んー? よくそんなこと覚えてんな」
「記憶力いい方だから。じゃ」
 目的の郵便局前で別れて、改札を通りホームへ向かう。まだ半分ほど残っているコーヒーをちまちま飲んでいると、不意に思いだした。去年の春、恭介に初めて話しかけた日、殴られた頬を冷やせと缶ジュースを渡した覚えがある。細かいことだが、あれは学校内の自販機で買ったので百円だったはずだ。差し引きすると俺の方に今度は二十円ほど借りができている。
「……よく覚えてんなぁ恭介……」
 すこし笑って、残りのコーヒーを飲みほした。缶をゴミ箱に捨てる前に商品名をじっくりとながめる。
 いつか恭介が忘れた頃に、似たようなシチュエーションで「コーヒーの借りは返したぜ」とでも言ってやろう。


Fin


20091225fri.u
20091223wed.w

 

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