09'xmas-07.セーター


 

 恭介の背中が好きだ。
 特に冬場、制服の上に黒いセーターを着て、正座で文机に向かって本を読んでいる後ろ姿はすごくいい。カーディガンではなくセーターというのも、なんだか堅実な感じがして恭介らしい。
 ぴんとのばした背中のはりつめた雰囲気や、シャツの襟からのぞく首筋の確かさ、ページをめくるたびにかすかに動く肩。よく恭介は「何もしなくて暇じゃないんですか」と訊いてくるけど、こうして眺めているとこれはこれで結構楽しいのだ。すくなくとも、恭介の持っている本より、恭介本人の方に興味をひかれる。
 近寄って背中に頬をぺったりつけてみた。編み目のこまかい、質のよさそうな肌触りのセーター越しに体温がじわりじわりとしみこんでくる。こうしていると、幸せの温度ってきっと三十六度くらいだろうな、としみじみ思う。
「なんすか」
「なーんーでーもー」
 そうすか、といつもの静かな声で言って、恭介は意識を本のほうに戻したようだ。おれがひっつくのは日常茶飯事なので、いちいち構う必要もないと判断したのだろう。その通りだけどちょっとだけさみしい。肩甲骨が動くのが顔の皮膚でダイレクトにわかる。紙のこすれるかすかな音もセットだったから、たぶんページをめくっているのだ。
「恭介くん」
「なんすか」
 呼んでみたものの特に用事はないので、もう一度「なんでも」と繰り返した。はあ、そうすか。恭介は相変わらずなめらかな声で答える。百回呼んだら百回「なんすか」と答えてくれそうな、落ち着いた声。おれは恭介の背中と同じくらい恭介の声が好きだ。
 セーターに頬をおしつけてぐりぐりしていると、恭介が笑った。
「先輩」
「ん?」
「俺の背中でよだれ拭かないでください」
「拭いてないよ!」
「知ってますけど」
「……」
 ホントによだれか鼻水でもつけてやろうか、とアメリカ映画の悪ガキみたいなことを真剣に考えた。



Fin


20091225fri.u
20091223wed.w

 

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