09'xmas-08.ツリー


 

「なんだー。お客さんじゃないスかー。クリスマスも近いってのに相変わらず漫喫通いっスかァ」
 カウンターの中ではなく、入り口の横に置かれたクリスマスツリーに飾り付けをしながら、いつも通りアサはそんなことを言った。
「いいでしょいつ来ても……」
「やー、だってお客さん十二月中はデートの予約でいっぱいになってそーなツラしてっから。いいんスかァ」
「残念ながら予約ゼロ件なの」
「アッチャー」
 お客さん引く手あまたっぽいっスけどねー、とニヤニヤ顔のまま首をかしげたアサは、クリスマス仕様なのか頭にトナカイのツノをつけている。浮かれてるねぇ、と言うと、「全身サンタとかマジ勘弁なんでェ、妥協点としてコレで手ェ打ったんス」と笑った。ということは他の店員はサンタのコスプレなんだろうか。率先してノリノリで着そうなのに、意外だ。
「お客さん、どうせ漫画そんな好きじゃないっしょ。一緒にツリー飾りません?」
「えー、いいけど」
「っしゃー。あ、星はオレが飾るんでとっといてください」
「子供っぽ……」
「なーにいってんすかァ、こーゆうおとっときってのは年上がやるもんなんスよ。ネンコージョレツ」
 あまりにもカタカナ発音なので、頭の中で「年功序列」と漢字をあてるまでにすこしかかった。年功序列ねえ、まあいいけど。おれは別にてっぺんの星に思い入れとかないし。
 飾り付けをするようなツリーと無縁の環境で育ってきたので(卓上用の、飾りが接着された小さなものならあった)、自分の手でオーナメントをぶらさげるのははじめてだ。赤ちゃん用みたいなサイズの靴下、てかてか光る金メッキのラッパ、目を閉じた天使、細いリボンの結ばれたプレゼントボックス。なんだかミニチュアみたいでたのしい。
「飾り付けはじめてだけど、結構面白いね」
「はじめてェ? マジすかァ、お客さんどんなとこで育ったんスかァ」
「純和風のおうち」
「マージっスかァー……そんなヒトいるんスね……」
 でも星は譲らないっスけど、と妙な宣言をされた。うん、だからいいって。
 用意されていたオーナメントをすべて飾り終わると、なかなかの達成感があった。最後に星をてっぺんにつけて(「合体、ジャッキーン」なんてセルフで効果音までつけていた)、アサは満足そうに笑う。
「ファイヤッ」
 妙な掛け声を発したアサがまきつけた電飾のスイッチを入れると、カラフルな光がツリーのあちこちで点った。ちかちかきらきらとてもにぎやかで、なんだかすごくクリスマスっぽい。
「オレ、クリスマスの中でこの部分が一番好きなんで、いまが最高にクリスマス楽しんでる状態っスね」
「そーなの?」
「クリスマス自体はあんま好きじゃねーんスよ、いい思い出なくて」
「フラれた?」
 アサは笑って答えなかった。あんまり深く訊くのも悪いので、「おれもあんまりクリスマス好きじゃない」とだけ言っておく。
「へぇ、お客さんも?」
「うん。理由はご想像にお任せしとく」
 クリスマス自体が嫌いというか、サンタの話をきくのが嫌いだった。信じていた頃は「いい子じゃないおれのところには来てくれない」と悲しかったし(実際来なかった)、クラスの子たちが「サンタっておとーさんなんだぜ!」というのを聞いてからはますます悲しくなった。おれには元々サンタクロースなんかいなかったのだ。父親がいないのだから、来るはずがない。
 話にまざれないのがいやだったわけじゃない。プレゼントがもらえないのが悲しかったんじゃない。ただ、「サンタはいない」という事実が、ひどく心に刺さっていた。
「でもツリーの飾りつけはなんか楽しーっスよね」
「うん」
 色とりどりのライトみたいに、きらきらした気持ちが体の中にじんわりと生まれる。クリスマスはみんなでケーキを食べたりする日、程度の認識だったけど、こうやって前々から準備して楽しい気持ちを蓄積させていくのも悪くない。
「ねー、アサちんサンタって信じてた?」
「サンタっスかァ? んー、そんな大昔のこと訊かれてもびみょっス」
「そっかあ……」
「でもサンタがいようがいまいが、楽しいんだからいいんじゃないスか」
 アサの言葉にすこしおどろく。そうだ、楽しければなんでもいい、というのが信条じゃないかおれは。サンタがいないからそれがなんだ。そんな簡単なことに、二十一年も気づかなかった自分が不思議だった。
「そだね」
「そっスよ」
 顔をみあわせて、にーっと笑う。アサのおかげで今年のクリスマスはちょっとだけ楽しくなりそうだ。
 何があったかは知らない(し、知る気もない)けど、アサもいつかそう思えるようになるといいなぁ、と、ツリーのてっぺんのぴかぴか光る金色の星にそっとお願いした。


Fin


20091225fri.u
20091224thu.w

 

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