09'xmas-09.みかん


 

 この世には二種類の人間がいる。みかんの白い筋を取る人間と、取らない人間だ。
 俺は後者、というかそもそもあまりみかんを食べない(皮をむくのが面倒くさい)のだが、今年の冬はもう二十個くらいは皮をむいた。そして白い筋まで取った。もちろん、俺自身のためではない。
「きょーすけくーん」
 あー、と口をあけてこたつに頬をつけているこのひとのためである。
 先輩が「食べたいけど皮むいて筋とるのめんどいから恭介くんやって」と言ってみかんを買ってきた先週から、部屋にくるたびみかんコールをされるのである。そんなん自分でむきなさい、と途中からは断ろうと思ったのだが、「おいひいー」とみかんを俺の手から食べる姿が何やら動物っぽくて面白かったので、ずるずると言いなりになり続けている。心境としては小学校の飼育委員がうさぎにやたらタンポポをつんでいったりするアレだ。
「はーやーくー」
「催促するならご自分でどうぞ」
「やだー。恭介くんのむいたやつが食べたい」
「味変わんないでしょうが」
「変わるよ。おれ、根気なくて筋とらないから」
「……」
 黙っててください、の意をこめて、処理が済んで半分に割ったみかんをそのまま口につっこんでやった。むーむーと抗議の鳴き声をあげているが聞こえないふりをして、もう半分を自分で食べる。特に好きな訳じゃないけれど、やっぱりこうしてこたつでみかんを食べていると、ああ日本人だなあとしみじみする。素晴らしきかな、伝統。
「恭介くんひどいっ」
「どこがですか」
「かわいい先輩を窒息死させる気!?」
「それをいうならかわいい後輩ですよ普通。ってか自分でかわいい言わない」
「じゃあイケメンな先輩」
「はいはい、イケメン先輩口あけて」
 お詫びに食べていたみかんの残りを、今度は一房ずつわけて口にいれてあげた。あっさりと機嫌を直してもぐもぐしている姿はやはり新手のペットである。
「おいひい」
「それはよかった」
「もう一個むいてー」
 もういっこ、というのが縮まってほとんど「もーっこ」に聞こえる。それにしてもこの人はそんなにビタミンCを摂取して一体何がしたいのだろう。確か、みかんひとつかふたつくらいで成人のビタミンC必要摂取量ってクリアできるんじゃなかったか。
「手が黄色くなっても知りませんよ」
「大丈夫だからむいてー」
 はいはい、とネットから最後の一つを取り出してせっせと皮をむく。ヘタの裏側に指を差し入れるときのなんとも言い難い音と感触はちょっと楽しいし、なんだかんだで先輩が嬉しそうにしていると俺も嬉しいので、言うほどこの作業は嫌いではない。
「先輩はみかん好きですねえ」
「ん? そんなに好きでもないよ?」
「……そんなに好きでもない、って量じゃないですけど」
「人にむいてもらったみかんを食べる、ってのが好きなの」
「それはまた先輩らしいことで……」
 あきれつつ、筋を取り終わった半分をちぎって一房差し出した。
 あー、と口をあけてみかんを待つマヌケな顔はどう考えてもイケメンを自称する人間にあるまじき表情だと思うのだが、まあ、先輩がイケメンだろうがそうでなかろうが、俺にはどうでもいいことである。


Fin


20091225fri.u
20091224thu.w

 

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