自殺屋

「こんにちは、隣の隣に越してきた自殺屋です」
 そう言われなければ、ワタシは彼女が自殺屋だなんてわからなかったと思います。
 なぜならば彼女は、さっぱりとした焦げ茶色のセミロングヘアに、淡い色合いのカーディガンとスタンドカラーワンピースを着た、それはそれは上品なお姉さんだったからです。あんまりにも意外で、はあ、と間抜けな相槌をうつしかありませんでした。
「自殺屋さんですか」
「はい」
 自殺屋というのは、死にたい人の代わりに目の前で自殺をしてあげる職業のことです。創成期は大切な存在を自殺によって亡くした人々の作ったNPO団体によるボランティアだったそうですが、六年ほど前に正式に政府が自殺屋の存在を認め、国家試験を設けて正式な「擬似自殺技士」という資格を作り(ちなみに専門学校などで学ぶ場合は「擬似自殺技能訓練コース」などを選択します。国家試験受験のためにこれらの過程を修了する必要はありませんが、なかなか人気です)、今に至ります。需要は右肩あがりで、もっともホットな資格のひとつなのですが、残念ながら自殺屋になるのはそんなに簡単なことではありません。国家試験で本当に死ぬ人が殆どだからです。
「自殺屋さんってもっと暗い人がなるものだと思っていました」
「ふふ、そうですね。最近は増えてきたらしいですけど、私みたいなタイプはまだまだ珍しいそうですよ」
「あ、やっぱりそうなんですか?」
 自殺屋さんによると、物珍しさで指名してくる人のおかげで稼ぎは上々らしいです。
「これ、引っ越しのご挨拶に」
「あ、これはどうもご丁寧に」
 差し出されたのは小さな四角い箱でした。おそらくお茶かお蕎麦でしょう。
「サービスで手首切りましょうか?」
「結構です」
 人の玄関先で流血沙汰はやめてください。
「じゃあ、これもどうぞ」
 化粧箱に三枚ほどちいさな紙きれを重ね、自殺屋さんは帰って行きました。おそらくこれから別の人のところへ挨拶へ行くのでしょう。あまりひきとめても悪いので、ワタシも部屋に戻ります。
 紙には「首吊り30%オフ」「刃物による手首の損傷(※水・タライなどをご用意下さい)15%オフ」「飛び降り5%オフ(※7階以上からの飛び降りは当クーポンの適応外です)」と、可愛いデフォルメイラストと共に丸々したポップなフォントで印刷されていました。どうやら自殺屋の割引券のようです。
 多分使うことはないと思うのですが、結構なサービスのようなので、とりあえずお財布の中へしまっておきました。



2008.1.9.wed.u
2008.1.9.wed.w

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