食堂 猫の骨

 食堂 猫の骨へCランチを食べに行くと、久しぶりにイブクロさんと会いました。イブクロさんの本名は結構格好いいのですが、ほとんどの人は知りません。ただイブクロさんと呼びます。
 イブクロさんは右脇から山羊くらいの大きさの胃袋を露出して、ズウルリズウルリひきずりながら歩くので、そんなふうに呼ばれています。勿論地面に引きずっては不衛生ですしなにより痛いので、そりに乗せてズウルリズウルリ歩くのです。
「イブクロさん、相席よろしいですか」
「おう、いいよいいよ」
 イブクロさんはその胃袋と同じようにおおらかであけっぴろげに笑って、ワタシに椅子をすすめてくれました。Cランチを待つ間、ワタシはイブクロさんの楽しげな食べっぷりを堪能させていただきます。ちなみに、食堂 猫の骨にはCランチしかありませんので、イブクロさんが食べているのももちろんすべてCランチです。CランチのCはCatのCだというウワサもありますが、おいしければなんでもいいと思います。
「イブクロさんはいっぱい食べますね」
「そりゃあ胃袋が大きいからね。まだ腹半分さ」
 モルモルと食べ物が送り込まれる胃袋は確かに半分くらいしかふくれていません。Cランチあと十皿追加ね、とやる気の無い従業員さんに注文すると、従業員さんはネコ十匹と厨房に叫びました。意味についてはあまり考えません。野菜サンドをヤーサンと略するようなものでしょう。
「はい、Cランチお待たせ」
 具沢山のスープと肉のソテー、ライスにサラダという、値段に比べてボリューム満点のランチが運ばれてきました。ここのスープはダシがきいていてとてもおいしいです。イブクロさんと一緒に食べると楽しいので、さらにおいしく感じます。
「イブクロさんの食べっぷりはとても素敵だと思います」
「そうかい、ありがとう」
 食べ物を口に入れてからきっちり五十回咀嚼し、飲み込み、モルモルと胃袋に送っていく、という、言葉にしてしまえばそれだけなのですが、これを目の前で見るのはなかなかのエンターテイメントです。食べなくては生きていけないんだなあ、と実感できる、素晴らしい食べっぷりです。
 イブクロさんが三十八皿目のCランチを食べたところで、ワタシは一足お先に失礼しました。ニャアアアと断末魔の悲鳴が聞こえる厨房のすぐわきに、古ぼけたレジスターと、同じくらい古ぼけたおじいさんがいます。お金を払いながら、いちおう言ってみました。
「イブクロさんがあれだけ食べると、厨房の人は大変ですね」
「儲かるからいいのさ」
「あと、あの、声、聞こえてるけどいいんですか」
「あんなの気にするやつはうちに食いにこないさ。あんたもわかってて来てんだろ」
 おじいさんは手入れをサボっていたのがよくわかる声でそう答えてニヤリと笑い、レジスターにお金を放り込みました。確かに何から何までいちいちもっともなので、そうですねえとうなずくしかありません。
 レジスターは壊れていて、下のほうに穴が開いています。そこから今しがた払ったばかりのお金が落ちてくるのを拾って財布に入れなおし、ワタシは食堂 猫の骨から出ました。
 この状態で一体どうやって儲けているのか、それはスープのダシの正体よりもはるかに謎です。




2008.12.24.wed.u
2008.12.24.wed.w

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