穴博物館

 ウツロと一緒に穴博物館を見に行きました。
 穴博物館はその名の通りありとあらゆる穴を展示している、なかなか興味深いコンセプトの博物館です。「穴」部分だけを展示する技術と方法を開発するため、館長と副館長は涙ぐましい努力を行ってきたのだそうです。もぐら穴、落とし穴、針の穴、エメンタールチーズの穴、ボタンホール、マンホール、誰かの秘密を喋るための穴(一番有名な、王様の耳について吹き込まれた穴です)、蟻の一穴、恥ずかしい時に入る穴、計画の穴、理論の穴、記憶の穴、競馬の大穴、マルコヴィッチの穴、などなどバラエティに富んでいます。十八禁コーナーには少々過激な穴も展示されていました。
 ガラスケースの中に飾られた穴たちを眺め、ついている説明文をふむふむと読んでいるだけで、何時間いても飽きません。入館料が八百円と映画を一本見るより安いところも素敵です。噂によると時々来たっきり帰らなくなる客がいるくらいだそうです。穴だけにハマってしまうのかもしれません。
 ウツロもいつものように黒い革の編みあげブーツで展示物や他の客を蹴りつけたりせず、おとなしく穴を見てまわっています。この博物館がいたく気に入ったのでしょう。長々としゃがみこんでドーナッツの穴を見つめていたウツロが、顔をあげて唐突に言いました。
「知ってる?」
「何をですか?」
「この博物館に展示されてない穴」
「そんなのあるんですか?」
 ウツロは鼻を鳴らすと、「まだ見てない穴があるだろ」と馬鹿を見るような目で言いました。そんな顔しなくてもいいじゃないですか。もっとも、ウツロの目つきと表情と口調が他人を馬鹿にしているように見えるのはいつものことですが。
「ホワイトホールが無い」
「ホワイトホール……というと、あのブラックホールの出口とかいうアレですか」
「それ以外に何かあった?」
「無いと思いますが」
「じゃあそれに決まってるだろ」
 もう一度鼻を鳴らして、ウツロはつかつかと歩いて行ってしまいました。待ってくださいよー、と慌てて追いかけますが、当然ながら立ち止まるそぶりはありません(ウツロはそういうやつです)。
 ふと「じゃあブラックホールのほうは展示されてるのでしょうか」という疑問が浮かんだのですが、ウツロに訊いたらまた鼻を鳴らされそうなので、やめました。



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