喋る鏡

 食堂 猫の骨でランチを摂った後、近くのゴミ捨て場でちんまりと膝を抱えている鏡に会いました。どうやらまた捨てられてしまったようです。連れ帰って、部屋の隅に座らせました。
 鏡は由緒正しい御家柄の「喋る鏡」です。なんでも、ご先祖様はどこぞの有名なお妃さまに仕えていたそうです。喋る鏡の一族はそれぞれに特別な能力を持っていましたが、時代とともにだんだん力は弱まっていき、今ではただ喋る以外ほとんど普通の鏡、というのも珍しくないのです。いま私が連れ帰ってきた鏡は少し変わっていますが、「世界で一番美しい女性を知る程度の能力」やら「真実を映す程度の能力」やら「望む姿を見せる程度の能力」やらという類いのものを持っているわけではありませんし、物語のあちらとこちらをつなぐ門になっているわけでもありません。
「……」
 コーヒーを淹れて渡すと、鏡はぺこりと頭を下げました。ワタシは微笑み返して、自分の分を黙ったまま飲みます。
 この鏡は言葉を裏返して答えるという性質を持っています。嫌いだと言われれば好きだと答え、死にたいと泣かれれば生きていたいとささやいて感情を逆なでします。そのせいであやうく割られそうになることもたびたびでしたが、鏡は強化ガラスで出来ているので大抵は殴ったほうが痛い思いをします。
 何故そんなことをワタシが知っているかというと、筆談をしたからです。鏡は「喋る鏡」なので、声を出さなければ能力には縛られません。そんなことに気づかない人が多いというのはいささか不思議ですが、ワタシもこれはウツロに教えられたことなので大きな顔はできません。
(お久しぶりです。割られていないようで何よりです)
(お久しぶりです。暫くお世話になります)
(好きなだけどうぞ)
 紙とペンを数回往復させて、ワタシと鏡はもう一度笑いました。
 鏡は人に拾われては捨てられます。望む言葉を返してくれない鏡に、人は話しかけているうちに疲れてしまうので、長くても一年ほどで捨ててしまうのです。鏡は捨てられると、大抵ワタシのところへ来ます。もう人には拾われたくない、というように月を映したり猫を撫でたりしているのですが、気づくといなくなっています。
 おそらく、ワタシは鏡に話しかけないので、鏡はそれに耐えきれずにいなくなってしまうのだと思います。鏡はやはり「喋る鏡」ですから、喋ることができないと、アイデンティティが崩壊するのかもしれません。
 今度は何日でいなくなるか、ウツロと賭けでもしようと思います。



20101003sun.u
20100831tue.w

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