テレビの墓

 近所のコンビニへ早売りジャンプを読みに行った帰り、偶然硝子さんとキタハラくんに会いました。
「あ、硝子さん、キタハラくん、おでかけですか?」
 声をかけると硝子さんは「お出かけてるよ、ただいま留守です」とニタニタといつも通りの妙な笑顔を向けてくれました。そうですか、とワタシもにっこり笑い返します。硝子さんには見えていない(なんといっても硝子さんの両目はその偽名通り硝子玉なのですから)はずですが、だからといってむっつりしていていいことにはなりません。「笑顔には笑顔を、拳には拳を、そして生まれる河原のラブアンドピース」。硝子さんが初めて会った時に言っていたことです。
「……ところでキタハラくん、それは何ですか?」
 厚ぼったいブラウン管のテレビを載せた、ホームセンターによくあるような台車を押しているキタハラくんは、仏頂面のままこれですか、とジェスチャーで訊き返しました。そうですそれです。
「テレビがそろそろ死にそうなんだ」
 答えたのは硝子さんでした。
「墓場に連れてってくれ、ってね、頼まれたから連れてくのだよガンダーラ的なとこまで。一緒に行きたいなら四人で行くのもやぶさめじゃないけども?」
 やぶさかです硝子さん、とキタハラくんが訂正したのをまるきり無視した上、ワタシの返事を待たずに硝子さんは歩き出しました。そういう方です。面白そうなのでついていってもよろしいですか、とキタハラくんに尋ねると(硝子さんの許可は頂いたようなものですが、キタハラくんにも訊かなくては失礼です)、俺は構いませんとやはり仏頂面のままで言いました。
「ノンノンノン! やはりやぶさめだよね、走りながらバッシュンバッシュン射抜くんだからさあ」
「じゃあやぶさめでいいですけど」
「やぶさめ『で』いいじゃやぶさめに失礼じゃないか! やぶさめ『が』いいと言いなさい。夫婦の危機ってのはこういうジョシに対する細やかな気遣いを忘れないことで回避可能なんだぜ。ジョシってのは女の子と書いて女子と助けることばと書いて助詞というハイレベルなダブルミーニングだけどもリスナーのみんなは一発でアンダスタン? 文字情報って口頭じゃわかりにくいものだからネエ、伝わらなければ遠慮なく伝書鳩で質問飛ばすといいと思うのよ。責任持って鳩は鍋にするから心配無用だエブリキッズ!」
 すっと背筋を伸ばして、硝子さんは愉快そうに喋りながらワタシたちの前を歩いていきます。硝子さんは電波を脳味噌で直接受信しているので、傍目には一人でしゃべっているように見える、のだそうです。キタハラくんはそんな硝子さんをキチガイと呼んでいます。どちらが正しいのかワタシは知りません。この街ではどちらもありえることですから。
 住宅街の中へ中へと歩いて十七分、硝子さんが全くもって唐突に立ち止まりました。
「到着なりけりはべりいまそかりィー。あ、餅食べたいな。海っぽいしさぁ」
 そこは空き地でした。公園にするには狭く、けれど家を建てるにはあまりにも日当たりが悪すぎて買い手がつかないに違いない、そんな中途半端なスペース。
 空地の真ん中にはうずたかくテレビが積み上げられています。ほとんどが黒くて分厚くていかにもテレビでございます、といった外見のブラウン管ですが、ぽつぽつと薄型やポータブルも混ざっています。
「ずいぶん死んだもんだな」
「もう明日までの命ですからね。もっと早く買い替えればいいのに」
「近年稀に見る国家規模の大虐殺だからな。野蛮よのう」
 キタハラくんに言われて見てみれば、たしかにどれもこれも地上デジタル放送なんて受信できなさそうなものばかりでした。テレビとしての務めを全うしたということなのでしょうか。
「これがお墓ですか?」
「イィエスザッツライツオブライツ! 知らないかい? 象とテレビは死期を悟るとこういう場所を探し当て、仲間の死体の上で眠って静かにそして安らかに逝くものなのさ。猫が顔を洗うと梅雨入りするのと同じくらい確かな真実だね」
 キタハラくんが面倒臭そうにはあ、とため息をついて、台車からテレビを持ち上げました。細い腕のわりには案外力持ちなようで、だるそうではあるもののしっかりとした足取りでテレビの山の上に連れてきたテレビを積みます。その音を聞きながら、よしよし、と硝子さんはとても嬉しそうにヌラヌラ笑いました。
「眺めのいい場所で仲間と一斉に死ぬなんて最高じゃないか。幸せ者だな」
 三人で黙祷してから、硝子さんがお供え物と称してレモンを置きました。「爆発する前に帰ろう」と小さな子供のような声で袖をひっぱるので、ワタシとキタハラくんは硝子さんを乗せた台車を押しながら、真っ暗い夜中の街を急ぎます。
「明日の夜までまだまだテレビが死ぬんだろうなあ」
「地デジ化ですからね」
「あの墓もバベってバベって仕方ないことだろうよ、なあ?」
 硝子さんとキタハラくんが喋るのを聞きながら、帰ったらもはやアンティークの域に達したテレビデオで一番好きな映画を見よう、とワタシは思いました。



20110723sat.u
20090629mon.w(20110723sat 加筆修正)

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