干支農家

 大晦日の夜は仕事を手伝ってくれないかな、とクドンさんのところから連絡がありました。
 クドンさんはこのあたりの干支をまかなっている干支農家です。来年は辰年なので、バイトの募集広告を出しても子や卯のような楽な年に比べてなかなか人が来ないのでしょう。聞けばやっと五人集まった程度なのだそうです。辰の出荷こそ干支農家の醍醐味なのに、と思いながらウツロも誘ってみたところ、意外なことに大人しくついてきました。
「ああ、よかった。ウツロ君まで来てくれたんだ、本当に助かるよ」
 クドンさんは心からほっとした顔で言いましたが、ウツロはあまり気の乗らなさそうな顔で「どうも」と答えたっきり口をつぐんでしまいました。もっともこれは、ぶっきらぼうな喋り方をしてワタシの面子をつぶさないように、というウツロなりの配慮なのです。
「ウツロ君がいるなら、今回は結構らくに終わるかもしれないねえ」
 辰の養殖場までやってきました。干支農家とはいいますが、土に植えて育てるものばかりではないのです(ちなみに前回の卯は植えて、耳をひっぱって土中から抜きます。起きると跳ねて逃げようともがき鮮度が落ちるので、午前二時ごろから収穫をはじめます。朝起きる時間が早いことを除けば干支の中では収穫が比較的容易ですが、仕分けが面倒です)。辰は四月末から五月初旬ごろに鯉のぼりを仕入れてきて、半年間たっぷりと栄養をつけさせ、大晦日の夜に仕上げてそのまま旅立たせます。サイズごとの仕分け作業は鯉のぼりを池に入れる時点で既に済んでいるので、他の干支と違ってぎりぎりまで辰にする必要はありません(あまりはやばやと辰にしてしまうと、飼育コストが上がってしまったり必要な免許が変わったりと面倒なのだそうです)。クドンさんのところでは今時珍しい野良鯉のぼりを飼育して辰にしているので、活きのいいはねっかえりな辰になります。野良鯉のぼり自体は珍しくありませんが、野良鯉のぼり狩りはできる人が年々減っているので、最近では公的機関が一斉に駆除をしてしまいます。ウツロは腹の縫い目を蹴って痺れさせたのち、目玉を踏んで身動きを取れなくする、という古式ゆかしいやりかたで軽々と仕留めていきますが、あれはああ見えて習得が難しい特殊技能なのです。
「じゃあ、Mサイズの池から順に滝まで追い立てていってくれるかな。僕はLサイズ以上のを先にやるから。あ、ウツロ君、鯉の腹を蹴るのはやめておいてね」
 仏頂面のままうなずいて、ウツロはざぶざぶと池に入っていきました。慌ててワタシも後を追います。
「ほーれ、のぼれのぼれー」
 バシャバシャと水を足で叩きながら鯉のぼりを滝の方へ追い立てていきます。というよりも、ウツロの姿を見た鯉のぼりは恐がって勝手に逃げていくのです。五月に野良鯉のぼりを狩ってクドンさんのところに売ったのは何を隠そうウツロとワタシですから、その時のことを思い出しているのでしょう。ワタシも負けじと鯉のぼりを追いますが、仕留めていたウツロと違ってただ畳んでいただけのワタシはあまり恐がられていないようです。
 ウツロから逃げようと必死で滝を登る鯉のぼりたちが、次々に竜になって空を泳ぎ始めました。体をうねらせるたびにおぼろな月明りを鱗で反射してきらきら光るので、星が一気に増えたように見えます。池にいた鯉のぼりが全て昇ってしまうと、空気まで光っていると錯覚しそうなくらいにまばゆくなりました。
「きれいですねえ、ウツロ」
「そうだね」
 LサイズやLLサイズらしき竜がゆったりと漂い、その隙間にS・Mサイズの竜が舞いながらきらめいています。竜の体色自体は多種多様ですが、光は一様にやわらかく甘い色をしているのが不思議です。
「そろそろですかね?」
「……、だね」
 ウツロが太腿にはめた時計(ウツロには両腕がないので、右太腿に時計をしています)を確認してうなずきました。ふた呼吸ほどおいて、夜空に淡い色の大きな虹がかかります。周りの竜の鱗に照り映えて、ぼんやりと空全体が色づきました。クドンさんが丁寧に育てた最大級の鯉のぼり一匹だけが、こうして十二時ちょうどに出荷され、虹になります。これを合図に、辰を納入するべくあちこちで竜を呼ぶためのあかりが灯されるのです。
「今年は随分大きく育ってるな」
「あれじゃないですか? ウツロがテンション高く仕留めたあのイキのいい真鯉」
「かなあ。どうだろ」
 十二年に一度だけ見られる真夜中の虹と、四方八方にひらひらと飛んでゆく流れ星のような竜を眺めながらの年越しは、他ではちょっと味わえない豪華さです。
「お疲れさまー。なんとか終わったねえ」
 小型のリヤカーを曳きながらクドンさんがやってきました。大物を仕上げたあとだからか、上着を脱いで黒いタオルでしきりにあちこちをぬぐっています。
「ありがとうございます。人手がないと大変ですね」
「いやあ、辰にしては今年は集まった方かな。でもやっぱり君たちが来てくれたのが大きかったけど」
「思うのですが、この光景を写真に撮って求人広告に添えれば志望が増えるのでは?」
「あー、ねえ。でもやっぱり死亡事故七割じゃあ、やっぱり敬遠する気持ちもわかるからねえ」
 今年も君たち以外は食われちゃったよ、とリヤカーに積んだもげた腕や足などを指し、クドンさんは肩をすくめました。
「遺族の方も新年早々災難だよね。これはさすがに喪中のお知らせ、間に合わないもんねえ」



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