02.恭介のこと



 

 恭介とはOBOG会で出会った。まっすぐな目をしてて、全体的にちょっと怖いかんじのする子。何するかわかんない、っていう怖さじゃなくって、背筋がのびるような、たとえるならそう、日本刀みたいなんだ恭介は。背が高くて顔もおとなびているからみんな最初は知らないOBかとおもったらしいけれど、おれは最初っから年下だとわかってた。なんでかはよくわかんないけど。
「ちゅー先輩、起きましたか」
 ああ恭介の声がする。っていうことはまたおれは恭介の家でのんで酔いつぶれて寝ちゃったんだろう。恭介はおれが酔っ払って寝てもちゃんと布団に寝かせてくれる。たぶん寝かせないとうるさいからなんだろうけれど(自分じゃ知らないけどおれは笑い上戸になるらしい)。恭介の家の布団はいいにおいがするから好きだ。お香かなにかを焚き染めたような、ほのかでふわりとした和風のにおい。すごく安心するかんじ。だからもうちょっと寝ていたくて、おれは起きていないフリをする。
「先輩」
 恭介が呼んでるけどもうすこしこのにおいに包まれたまま眠っていたくて、おれは起きていないふりをする。恭介んちはいいにおい。だから恭介もいいにおい。おれは恭介の家と恭介の布団と恭介のにおいが好きだ。
 おれはおれのことを本名じゃなくてちゅーとかちゅー先輩とよんでくれる人のことが好きだ。だから恭介のことも好き。おれの「好き」は安いから、誰にでも何度でも言える。お酒が好き。お日様が好き。ひなたぼっこが好き。眠るのが好き。ミスドのチーズマフィンが好き。スタバのニューヨークチーズケーキとミルクフラペチーノが好き。ケロッグのチョコワが好き。キムチチャーハンが好き。坦々麺が好き。ひやごはんが好き。ねぎのお味噌汁が好き。恭介が好き。そんなふうに。
「……起きたのかと思った」
 呟いて、恭介が立ち上がる気配がした。ごめんね恭介。おれ起きてるよ。眠くないよ。でもまだここにいたいから寝たふりさせて。
 恭介のことをおれは恭介くんと呼んでいる。後輩の呼び方がよくわからないからだ。恭介以外の後輩はたいていあだ名で呼んでいたのだけれど、恭介はあだ名をつけられるのをいやがる。もっとも、酔っ払っているとおれはどうも勝手にきょんくんだのきょんきょんだの呼んでいるらしい。そのことについて恭介がどう思っているのかはよくわからない。
 ぱら、と紙の擦れる音がした。たぶん本を読み始めたのだろう。恭介は勉強家だ。学校の勉強以外にも、難しそうな本をいっぱい読んでいる。ばかなおれとは全然違うひとだなあ、と、思う。
 毛布の端っこを握って、うう、と寝返りを打った。布団の隙間から覗くと、あきれぎみの恭介と目が合った。にへ、と笑うと、恭介もすこしだけ笑い返してくれる。
「おはよ、恭介くん」
「おはようございます」
「今何時?」
 のそのそと布団から這い出しながら訊くと、右腕につけた時計を見て答えてくれた。恭介は右利きのくせに右腕に時計をつけている。ものを書いたり食べたりするときいろいろと面倒じゃないのかなあ、と思うけれど、恭介がそれでいいのならおれが口を挟むことではない。
「十時二十八分ですね、ちなみに土曜日です」
「よかったー。おれ恭介くんに学校さぼらせちったかと思った」
「大丈夫です。ちゅー先輩のために学校さぼったりしませんから」
 うん、それがいいよ、とおれは笑う。おれなんかのために恭介が何かを犠牲にするのはもったいない。恭介はこんなにまじめでまともでいいこなんだから。
「ねえねえ恭介くん」
「なんですか」
 頭撫でていい、と訊こうとして、やめた。へらっと笑って、頭を差し出す。
「頭撫でてくれる?」
 恭介は全く仕方の無い先輩だという顔をして、それでも手をのばし、わしわしと頭を撫でてくれた。犬とかを撫でるときの手つき。それでいいや。撫でてもらえるという事実が重要なのであって、恭介がおれのことをどんなふうに思っているのか、ということは、実はたいして重要ではない。たとえ恭介がおれのことをぶち殺してやりたいと思うくらいに嫌っていても、こうして撫でてくれる手の確かな感触さえあれば、おれはそれでいい。
「ご飯食べに行きませんか」
「行く行く」
 撫でられながらにこにこして言った。ご飯ご飯。恭介と一緒にご飯。ご飯ご飯ご飯。ご飯を食べるのは好きだ。ご飯は嫌いだけどご飯を一緒に食べてくれる誰かがいるのはとてもしあわせなことだから好きなのだ。
「恭介くんとおれはなかよし」
「はいはい」
 困ったように笑う顔も、結構好きだ。


Fin


20071229sat.u
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