大学は結構楽しい。講義を聞くのはもちろんだけれど、それ以上に歩いていると合コンの話(つまりおれにとってはタダでお酒がのめるお誘い)がいっぱい飛び込んでくる。どうやらおれの顔を餌に女の子を釣るらしいのだ。出てもいいけどおれは頭の悪いひとと喋るのはあんまり好きじゃないなーなんてゴネると、大抵「じゃあちゅーはタダ飲みでいいから来てくれよ」って拝まれる。こんなときばっかりは平均より断然上な自分の容姿がありがたい。女の子のほうもそこまでおれのことを本気で狙ってこないし(身長が中学生で悪かったな)。
女の子としゃべるのはそこまで嫌いじゃないけど、付き合う気なんかさらさらない。面倒だし、あっさり約束破るし、うるさいし。おれは誰かを大事にするのが苦手だ。
「おー、大学でちゅー見んの珍しいな」
「あ、柴っちひさしぶりー」
柴っちはよく合コンに誘われるだけの付き合いだけど、知り合いには違いないのでとりあえず笑顔で手を振る。いかにも染めましたってかんじの金髪とピアスは人懐こい柴犬顔(だから柴っちと呼ばれているのだ。本名はたしか一文字もかすってない)に全然似合わない。わかりやすい大学デビューだな、と見るたびに思う。ちなみにおれも髪色のせいでよく大学デビューだと思われるのだけれど、これは生まれつきだ。その証拠に、中学時代も高校時代も生徒手帳の写真は今と同じ髪色をしている。おかげで高校の生徒指導の教師とは仲が悪かった。茶髪禁止、と言うならまだわかるのに、「髪染めるな」と毎回怒られていたのは今でも納得いかない。染めてねえよ。文句なら遺伝子に言ってほしい。まあ、おれが通っていた高校は地域名門とはいえいちおう進学校だったので、生徒指導にむだな気合が入っていたのだろう。中学の頃なんて、茶髪というだけで不良扱いをされていたので、期待にこたえてサボったり買い食いしたり窓ガラスを割ってやったりしていた。なかなか楽しかった(が、祖父にしこたま怒られた)。
「今度飲みいかね?」
「合コン?」
「ただの飲み会。たまには普通に遊ぼうぜー」
「オッケーオッケー。んじゃ、テキトーに声かけて」
「おいおい、声かけてっつったっておまえ携帯教えてくんないじゃん」
教えないんじゃなくて持ってないのだ、と本当のことは言わずに、「おれの携帯は愛する人専用なのよん」とふざけて答える。携帯なんか持ってたってめんどくさいだけだ。かといって、持ってないというとたまに「じゃあ買ってあげる」なんて言うおねえさんもいる(おれ用に買った携帯を渡そうとした人までいた)ので、訊かれたときは持ってるけどじいちゃんの遺言で教えられませんと言って逃げることにしている。面倒なことはきらいだ。
「んじゃうちの鳩貸してあげるから手紙くくって送ってよ」
「うそつけ、伝書鳩なんか飼ってねえだろ」
「ありゃ、バレた」
「バレないと思ってるお前がおかしいんだよ。大体、ちゅーの性格からして生き物飼えなそうだし」
「よくわかってるじゃん」
「今度いつ来る? それまでに予定立てとくけど」
「おれ、柴っちが思ってるより大学来てるよ? 昨日も来たし明日も来るし」
「うっそ、あ、ちゅー小さいから見つけづらいのかもしんねぇな。わかった、じゃ明日の昼ここらへんでまた会おっか」
「りょーかい。忘れないように手の甲に書いとくわ」
「あはは、小学生かよ!」
女の子が呼んでるから俺行くわ、と手を上げて柴っちは去っていった。柴っちはいつ見ても忙しそうだ。おれもそれなりに予定をいれて毎日にぎやかに過ごしているけれど、柴っちにくらべたらじゅうぶん暇な部類に入る。
ふと、恭介のことを思い出した。恭介はいつもひとりであの部屋にいる。暇だとか暇じゃないだとか、もはやそんなレベルではない。あれは柴っちにしてみれば隠居生活、もしくは都市伝説とでも呼ぶべきものだろう。おれはその背筋をぴんと伸ばして本を読む後姿をながめながら(文机、というやつだろうか、恭介は学習机ではなく和風の低い机に向かって正座するのだ)、よく勝手に持ち込んだお酒を飲んで酔っ払い、騒いだ後疲れて眠る。その一連の行動全てが当然恭介の邪魔をしているのだろうけれど、それに関しての苦情を素面のおれに訴えてきたことはないので、まあ、有益ではないにしろ追い出すほど迷惑ではないのだろう、と勝手に思っている。
「……」
講堂に向かっていた足が止まった。出ようと思っていた講義をさぼることに決めて財布を覗き、よし、とちいさくうなずく。一番近いコンビニでいくつかお酒と、それから何かお菓子でも買っていってあげよう。甘いものは嫌いじゃない、と言っていたし(特に好きでもないらしいがそんなことを気にするおれではない)。
急に恭介の家で飲みたくなった。時間的に、おれが着くより一足先に恭介が帰っている、はずだ。いなかったらどうしようかな、とふと思ったが、その時はその時で適当に公園かカラオケで飲めばいい、と答えを出してさくさく歩き始める。
「あれ、ちゅー次出るって言ってなかった?」
「予定は変更するためにあるんだよ?」
すれちがった同級生にふざけて笑い、じゃね、と手を振ると走り出した。薄手のモッズコートのすそがぱたぱたと音をたててひるがえる。予定はつねに一番楽しそうなものに変更していくべきだ、と思うし、実際その通りに行動している。巻き込まれる恭介はたまったもんじゃないだろうな、とつい笑ってしまった。
せめてものお詫びに、今度行くときは恭介の好きなもの訊いて買っていってあげよう。
Fin
20080309sun.u
20080309sun.w
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