15.部員勧誘のこと



 

 春は卒業と入学、出会いと別れ、そして部員勧誘の時期である。
 桜が散りかかる中、沢山の机が並べられて各部活が勧誘に精を出しているのはなかなかの見ものだ。俺の所属する天文部も段ボールで手持ち看板を作ったりビラを配ったりとやることはやっているが、見た目が派手な運動部や演劇部などにくらべればやはり地味としか言いようがない。べつに新入生が入ろうが入るまいが活動に支障が無いせいか、勧誘にあまり熱が入らないのも一因だろう。
 そんな訳で、俺は勧誘用スペースとして割り当てられた机で本を読んでいる。一応星座絡みの神話を集めたものを選んだのだが、ぱっと見文芸部に見える、と相沢たちにからかわれた。帰宅部のくせしてその一言を言うためだけにスペースへ立ち寄るとは、全く俺の友人はどいつもこいつも暇人ばかりである。
「すみません、入部したいんですけど」
「あー、はいはい……って、青木さんか」
「あはは、騙されたー」
 声をかけられ、反射的に説明用カンペを探しながら顔をあげると、立っていたのは俺と同じく天文部員の青木さんだった。彼女とは図書室で会って以来、部室で顔をあわせると話すようになった。相沢と違って話術もネタも社交性もない俺が相手じゃ話すことなんてないだろうと思っていたのだが、最近読んだ本の感想やお薦めの小説情報を交換したり、と意外にも話題は尽きない。
「青木さん、ビラ配りに行ったんじゃないの?」
「んー。なかみーが『辻しかいないと怖がられて新入生寄ってこなそうからやっぱ桜子は戻っとけ!』って」
 なかみー、というのは、多分青木さんとよく一緒に居る女子部員のことだろう。天文部は少ない人数で効率よく宣伝するため、基本的に同学年同士で二、三人組を作り宣伝に行くのである。それにしても随分な言い草じゃないか。
「ひどいこと言うなあ」
「ね。でも否定しないんだ?」
「まあ、怖いらしいからね、俺」
 こんなに大人しい文学青年を捕まえて怖いとは何事か、と思うのだが、何故か時々おまえは怖いと言われるので否定はできない。そういえば、OBOG会で出会ったちゅー先輩の第一声も「でけー! こえー!」だった。百歩譲って「でけー」はいいとして、「こえー」とはなんだ「こえー」とは。なんだこのクソガキは、と思っていたら自分より四歳も年上のOBだと言われて大変驚いた覚えがある。
 とりたててこれといった特徴のないごくごく普通の顔(自分で言うのも悲しいが)だから、やはり無駄に伸びた身長のせいだろうか。おかげで入学時はバスケ部やバレー部からの勧誘がしつこくて困った。天文部に入部したからと断るたび、なんだその宝の持ち腐れはという目で見られるのにはほとほと閉口したものである。
「青木さんもそう思った?」
「ノーコメントでよろしく」
 言外にそう思ったとバラしているのと同じじゃないか。いいよいいよいじけてやるから。どうせ怖い人だよ。何でだか知らないけど。ここはいっそ期待にこたえて不良にでもなるべきだったかもしれない。盗んだバイクで走り出したり学校中のガラス割ったりすればよかった。もっとも、そんな面倒なことを実際にするほど行動力があったらそれは俺ではない気もする。
「あ、飲み物買って来たよ。紅茶とフルーツオレ、どっちがいい?」
「どっちでも。青木さん好きなほう取って」
「じゃあ紅茶あげる」
 一言礼を言って、パックの紅茶にストローをさす。自販機で買うストレートティーはどれもこれも味が薄くて色付きの水みたいだな、と飲むたび思うが、紅茶に詳しいわけでもうるさいわけでもないので文句はない。元々あまり食べ物の味にどうこういう方ではないのだ。
「やっぱ部員入らないね」
「まあ、これからじゃないの」
「そうだね。部員ゼロでも問題ないし」
「やる気ないなあ」
「辻くんもでしょ?」
「そうだけど」
 肩をすくめて、「うちの部、宣伝地味すぎると思う」と話題をそらした。宣伝だけではなく、俺は元々何事にもやる気がない男である。情熱がもてない、とでもいうのだろうか。日がな一日読書をして、夜になったら星を見る。そういうのんびりした生活が出来さえすれば、あとはあまり何がしたいとかどこに行きたいとかいう欲もない。
「聞いた話じゃ、先輩の中には派手な宣伝してた人もいるらしいけどね」
「派手って?」
「んーと。四つ上の人たちらしいんだけど、なんか、望遠鏡かついでバンプの『天体観測』を唄いながら校内走り回ったり、太陽系の被り物した部員が並んで『グランドクロス!』ってやったり」
「……馬鹿だ……」
「去年の文化祭で使った模型がそれだよ」
「それであんなデカいのか。やけに完成度高いけど、いつ作ったんだろうと思ってた」
「春休みずーっと作ってたって」
「うわほんとに馬鹿だ!」
 二人で散々笑ってから、ふと気づいた。あれ、四つ上って、……ちゅー先輩の代?
 満面の笑顔でバカな提案を出しまくるちゅー先輩と、それに便乗する先輩の仲間たちが目に浮かぶ。面白そうだが入部はしたくない。声をかけられようもんなら全力で逃げる。ああ、だから現三年は例年にもまして少ない(増えてんだか少ないんだかわからない言い方だな)のか。なんだかものすごく納得してしまった。
「辻くんはやりたがらなさそう」
「お察しの通り。外から見てる派だよ」
 自分から積極的に関わりはしないものの、派手なパフォーマンスは嫌いじゃない。
 吹奏楽部とマンドリン部、合唱部が競い合うようにそれぞれの演奏(と合唱)を披露している中を、フォークソング研究会がジャカジャカギターをかき鳴らしながら歩き回っている。テニス部女子(人数が少ないので男女混合なのだ)は揃いの青いスコートを翻して部員を増やそうとやたらめったら声をかけ、美術部が看板代わりらしき絵や彫像を持って練り歩き、社会科研究部が風刺画を拡大ポスターにして背に貼り付けたまま声を張り上げ演説している。放送部のスペースで流している各部活のPR映像には黒山の人だかり。演劇部は今までに上演した劇の中でもとびきり目立つ衣裳を着こみ、あちこちでゲリラ的に短い劇を上演してはビラを撒いて去っていく。それぞれの部活がそれぞれの特徴をきわだたせる宣伝方法を考えた上で行われる、力いっぱいのアピール合戦。なんだか学校をあげてお祭でもしているようで、だからなのか俺は勧誘時期の騒がしさを結構気に入っている。
「演劇部のゲリラ上演、っていうのかな、あれアドリブなんだよ」
「え、そうなんだ」
「うん。友達が言ってた。別々に歩き回ってる部員が顔を合わせたら、互いの衣裳にあわせたセリフをつなげていって劇っぽくするんだって」
「ハイレベルなことしてるなあ」
「意外とすごいよね」
 そういえば集会でもよく表彰されていた気がする。
「ビラ撒き交代の時間になったら見に行く?」
「え?」
「宣伝しつつ演劇部ゲリラ上演を追跡する会、臨時結成」
「いいね! 行く行く」
 飲み終わった紅茶のパックを潰しながら、望遠鏡をかついで天体観測を唄う先輩を想像してみた。呆れられたり笑われたりしながら、それでもあの年中お祭騒ぎな人は気にせずハイテンションで走り回っていたのだろう。もしも俺がその年に入学していたら、天文部には絶対入らなかっただろうが、かわりに一日中後をつけて遊んでいたような気がする。馬鹿馬鹿しいのは嫌いじゃない。積極的に関わろうとは思わないだけだ。だから、OBOG会ではなく校内で出会っていたら、俺とちゅー先輩はこんなに長い付き合いにならなかったんじゃないだろうか。
「……俺たち、四つ上じゃなくてよかったな」
「そーだねえ、さすがにグランドクロス実演は勘弁してほしいよね」
 青木さんとは全然別――騒がしくて自己中な四歳上の先輩――のことを考えながら、俺も笑った。



Fin


20080409wed.w
20080409wed.u

 

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