24.占いのこと



 

 最近、俺の部屋には雑誌が増えた。
 原因の九割九分は先輩の持ち込む漫画雑誌その他エトセトラなのだが、それを資源ごみの日まで、とやむなく積んでおいたら、最近ちょくちょく遊びに来る従姉まで自分の読み終わったファッション誌を置いていくようになったのである。俺の部屋をなんだと思っているのだろうか。もっとも、従姉はたとえるならばちゅー先輩を女にして可愛げを抜いたようなワガママ女王様なので、俺も何も言わない。あの人に自分で捨てろというくらいなら、黙って俺が捨てた方が面倒がなくていい。
「ねえねえ恭介くん、何座?」
 その、置いていかれた雑誌をめくっていた先輩が、唐突に言った。おおかた星占いのページでも見ているのだろう。
「みずがめ座です」
「ふーん。冬生まれかー」
「先輩は?」
「八月五日。しし座ですよん」
「ああ、なるほど」
 大輪のひまわりみたいにあかるいちゅー先輩は、確かに八月の持つ真夏のイメージがよく似合う人だ。しし座、というのも、てんびん座とかおとめ座とか言われるよりはずっとぴんとくる。勢いがあるというか。
「んー、と、みずがめ座、みずがめ座ー。あ、えーと、『全体的に低調な月。あまり出歩かず、家でじっとしているが吉』だって」
「言われなくてもいつも家ですけどね」
「あはは、そだね。おれはー、えーと、『今月は運気が上昇中、積極的にいくべし。アウトドアが幸運のカギ』」
 見事なまでに正反対な占いの結果に、顔をみあわせて笑った。よく遊びまわっているらしい先輩と、もっぱら家で本を読んでいる俺。あまりにもそのまますぎて、占いの意味がない。
「あ、ねえねえ恭介くん、週末に星見ようよ」
 名案、と顔にでかく書いてちゅー先輩は言った。何をどうしたらその唐突な提案につながるのか、俺にはさっぱりわからない。一度先輩の頭の中を覗いてみたいものだ。この突拍子もない繋がり方をみると、ひっくりかえしたおもちゃ箱みたいにとっ散らかってるに違いない。
「それはまたいきなりですね」
「えー? 名案だよこれ。だって恭介くんは『家でじっとしてろ』で、おれは『外に出ろ』じゃん、恭介くんとこの屋根の上で星見るのってその両方出来てるよ? ナイス折衷案」
「はあ」
 わかったようなわからないような気分でうなずいた。俺の家は来るだけでアウトドアと呼べるほどワイルドな場所にあるわけではないのだが、この人は俺の家をキャンプ地と間違ってるんだろうか。もっとも、俺もちゅー先輩と星を見るのは嫌いではないので、断る理由はない。
 星を見ているとき、先輩は意外と静かで大人しく、それでいて邪魔にならない程度の声でぽつぽつと会話の切れ端を投げてくる。気が向けば答えるし、俺が黙っていても先輩は答えを催促しない。勿論、反対に俺の言葉に先輩が反応しないこともある。俺たちはそんなかんじで、結構うまくやっている。
「んじゃ金曜か土曜、どうですか」
「んー、金曜。大学から直接来る」
「わかりました。先に言っときますけど、屋根の上にのぼるときは酒飲まないでくださいよ」
「……わ、かってる、よ?」
 明後日の方向をむいてちゅー先輩はわざとらしく笑った。明らかに何か買ってくるつもりだ、この人。まあ、降りてきたあとならいくら飲んでも別に構わないのだけれど。いや、やっぱりそのあとの面倒を見るのは俺であることを考えると少しはセーブしてほしい。流石に吐いたのは初めて会ったときを含めて片手で足りるほどの回数だが、ハイテンションの酔っ払いの相手をするのはとても疲れるのだ。いっそ俺も酔っ払える人間ならどんなによかったことだろう。……収集がつかなくなるだけのような気もするが。
「恭介くん占い信じる?」
「信じたり信じなかったりですね」
「否定はしないんだ」
「俺は自分の知らないものを無闇に否定しない主義です。肯定もしませんが」
「あはは、恭介くんっぽい」
 正確には、自分の目で確かめていないものはなるべく否定も肯定もしないようにしているのだ。幽霊も妖怪もUFOもツチノコもチュパカブラも、俺自身は一度も見たことがないが、ゴリラだって十九世紀だか二十世紀だかまでは架空の動物だと思われていたのだから、見たことないんだからいない、というのは早計だろう。占いだって星や掌を見て何故未来がわかるのか、というメカニズムはよくわからないけれど、わからないから、と否定するよりは、そうかあそういうものかあ、と思っていたい(勿論相沢には乙女チックだなと笑われている)。
「じゃ、この今月しし座とみずがめ座相性最悪ってのも信じないんだ?」
「つうか、それ恋愛運でしょうが」
「まあね? でもなんかで見たけどさ、しし座とみずがめ座って根本的に相性悪いらしいよ」
 信じる? 信じない? と首を傾げる先輩に、「何言ってるんですか」と肩をすくめた。
「現に俺とちゅー先輩は仲良いんだし、それでいいんじゃないですか」
 きょとんとした先輩は俺の言葉を咀嚼するように数度まばたきをしてから、そうだね、とうなずいた。
「恭介くんとおれはなかよし、だもんね」
 確かめるようにそう繰り返して、先輩は微笑んだ。



Fin


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