27.有志団体のこと



 

 風見鶏祭こと千鳥ヶ崎高等学校文化祭まであと一ヵ月半。
 まだ本格的な準備は始まっていないものの、どのクラスが何をやるかは既に決定しはじめ(人気が集中しすぎた出し物は抽選待ちのため、決まるまでには結構時間差がある)、にわかに活気づきはじめる。
 俺自身は団体行動があまり得意でないものの、この祭の前の雰囲気は結構気に入っている。空気がざわついて、学校中が熱をはらんで、いきいきと動き出しそうな気配にみちみちていく期間。四月の部活勧誘もそれなりに盛り上がるが、やはり文化祭とは比べものにならない。
 俺のクラスは「犯人探し」(仮装したキャストを一定人数探し出す、動くスタンプラリーのようなもの)に決定し、仕事の割り振りも始まった。が、まだまだ準備開始までは時間がある。ようするに、今日も暇だ。そうでもなければ天文部室で本を読んでいるわけがない。
「おー、恭介いいとこにいたな。もう帰ったかと思ってたわ」
「あれ? ほんとだ、珍しいねー」
 ドアが開き、喋りながら入ってきたのは相沢と青木さんだった。珍しい組み合わせだな、とちょっと眉をあげて、「たまには真面目に部活動してみてる」と答えた。
「文化祭前だから部活強化期間」
「おー、いいねいいねー。強化ついでに、『レジェンド★オブ★俺達』なんかどーですか?」
「……レジ俺ェ? 参加しろっての?」
 俺らしくもなく語尾を跳ね上げた理由は、千鳥ヶ崎在校生なら誰でもわかる。
 相沢の言う『レジェンド★オブ★俺達』(略してレジ俺)というのは、いわゆる有志団体だ。活動理念という名のご立派な建前によると、「クラスや部活の枠にとらわれず終結し、斬新な企画の実現を目指す生徒による団体」らしいが、実際にはマトモな団体がやりそうもないイロモノ企画を悪ノリで立ち上げ文化祭を遊びつくし、毎年良くも悪くも確かに伝説をぶちあげていく嵐のような集団だ。ある意味とっても青春を満喫できそうだが、興味をひかれるのと同じくらい係わり合いになりたくない団体ナンバーワンであるのは言うまでもない。
「俺、相沢と違ってまともだから、レジ俺なんて変人団体には参加しませんが」
「いやいや今年のレジ俺は大丈夫! 超クリーンだよ!」
「青木さん参加してるんだ……」
 びしっ、と人差し指を突きつけてくる青木さんに思わずツッコミを入れる。青木さんは俺と同じ側の人間だと信じていたのに。
 ちなみに相沢は去年もレジ俺に参加している。俺にも声がかかったが断固として拒否した。何せ去年の企画は……いや、おぞましいから思い出すのはよしておこう。精神衛生上よろしくない。
「まーまーまー。今年は放送部との合同企画だから、去年の『ドキッ★男だらけのメイド喫茶〜ポロリもあるよ〜』ほどカオスじゃないよ」
 俺がモノローグで思い浮かべることすらためらった衝撃的な団体名を、青木さんはなんでもないことのようにさらりと口にした(というかポロリってどこをポロリしたんだ。その世界一嬉しくないポロリで一体誰が得をしたのか教えて欲しい)。今までは真面目だけとカタくなくて、本が好きな明るいいい子、という印象しかなかったのだけれど、もしかして結構ハイレベルな変人なのではないだろうか。俺はこんなに平々凡々な男だというのに何故周囲には奇人変人ばかり集まるんだろう。この際、類は友を呼ぶという先人の言葉は都合よく脳の隅に追いやっておくことにする。
「ってか、放送部も変人の巣窟だろ。変人の二乗で変態になるのは火を見るより明らかだ」
「文句言う前に企画書見てみろって」
 相沢に押し付けられ、渋々『活動寫眞喫茶 オレヲレ座からの招待状』という凝ったタイトルロゴがやけに目立つ企画書に目を通す。大正ロマンをコンセプトにセッティングされた店内で放送部制作のドラマを見ながらケーキや紅茶を楽しめる、という一風変わった喫茶店だった。放送部は「足を踏み入れて無事に帰った一般人はいない」だの「あそこは部室じゃない。魔窟だ。もはや異次元だ」だの散々な言われようの部活だが、その反面毎年全国大会に出場する実力者の集まりでもあるので、これは期待してもいいかもしれない。噂によると、わざわざ文化祭へ作品上映を見るためだけに来る人も少なくないらしいので、赤字の心配もなさそうだ。
 企画概要の隅から隅まで念入りに確かめてみたが、カオス要素はどこにも見当たらない。これは本当にレジ俺発の企画なのか、と疑いたくなるほどクリーンだ。
「活動寫眞喫茶、かあ……」
「まともだろ? いいだろ?」
「まあ、確かに」
 でも『オレヲレ座からの招待状』というサブタイトルはやめたほうがいいんじゃないだろうか。なんだか詐欺に遭いそうでちょっとイヤだ。
「……あ、辻くん、本当にイヤだったら断ってもいいよ?」
「えー。恭介いたほうが楽しいじゃん。そもそも誘おうって言ったの青木さんだし」
「ちょっ、相沢くん!」
 そうか。青木さんからすれば俺はレジ俺に誘おうかな、と思えるレベルの変人だったのか。うっかり世をはかなみたくなるような事実を教えてくれてありがとう。
 青木さんは顔を真っ赤にして「違うからね! 違うからね!」と両手を上下させているが、その必死さが余計に悲しい事実をつきつけていることに彼女は気づいているのだろうか。俺は見事なまでに身長以外特徴のない平均男だというのに。
「ま、むりやり参加しても面白くないから、ほんっとーにやりたくなければ俺たちも無理に勧誘はしないよ」
「んー……」
 企画書をながめながら、肯定とも否定ともとれない唸り声を返した。
 面倒なことは嫌いだ。目立つことも嫌いだ。お祭騒ぎは嫌いじゃないが、俺は踊る阿呆ではなく見る阿呆なのである。そんな俺が、悪名高きレジ俺に、参加。とてもじゃないが想像がつかない。
 しかしよくよく考えてみると、ちゅー先輩との付き合いより面倒なことなどあまりない気がしてきた。ちゅー先輩といるとき以上に理不尽なことばかり言われるわけもないだろうし、去年の文化祭で「参加するならスタッフのほうが楽しい」ということは学んだ。そのうえ今年は犯人探し(仮装して歩き回るだけなので、実質仕事なんてほとんどない)と天文部の受付だけになるから、当日はひどく暇になる。
 それに、俺と違って率先して笛を吹きながら踊るタイプの阿呆である先輩と一緒にいたせいか、たまには見るだけじゃなく自分が輪に加わってもいいんじゃないか、と思えるようになった。多少の面倒はあるかもしれないが、それ以上に面白いことを逃すのは得策ではない。
「……じゃ、参加しようかな」
 一瞬の間をおいて、青木さんが勢い良く俺の両手を握った。
「ほんと? ほんとに!?」
「あ、う、うん」
「やったー! やったね相沢くんありがとう! 辻くんありがとう! よかったよーわあもうほんとにほんとにありがとー!」
 抱きついてきそうな勢いで喜ばれている。何がなんだかよくわからん、と困っていると、相沢が「去年が去年だから人が集まらなくて困ってたんだよ」と耳打ちしてくれた。そうか。やっぱり去年のあれはフリーダムすぎて一般人はヒいていたのか。それにしては売り上げが全校でぶっちぎりの一位、歴代四位だったらしいが。みんなも俺と同じく見る阿呆を決め込んでいるのだろう。君子危うきに近寄らず、という言葉もあるし。……その伝でいくと俺は君子には程遠いな。自分から飛び込んでしまった。
「それにしても、誘っておいてなんだけどさ、本当に参加してくれるとは思わなかったよ。どうしたん?」
「んー、まあ。……一回くらい、踊る阿呆の気持ちになってみようかと」
 なんだそれ、と相沢がさっきまでの俺と同じくらい不思議そうな顔で首を傾げる。わかんなくていいんだよ、と感極まった青木さんに抱きつかれながら(何がとは言わないけど当たってます青木さん、と言いたくなったが、喜びに水を差すのも可哀想なのでされるがままになっている)笑った。
 我ながら、どこかの踊る阿呆ことちゅー先輩に毒されすぎている気がしないでもない。


Fin


20080709wed.u
20080709wed.w

 

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