39.墓参りのこと



 

 月命日は藤見さんと墓参り(と、食事会)をしているし、週に一度は掃除もしている。
 だからといって、お盆に墓参りをしなくていいということにはならない。
「今年は随分華やかに作ってもらったんですね」
 おれの抱えていた花束(墓参り用には見えない、白とオレンジのカサブランカで作ってもらったきれいなブーケだ。祖母はあかるくて元気な花が好きだったから、いつもこんな感じにしてもらっている)を見て、藤見さんが笑った。
「なんだかデートにでも行くみたいですね」
「あはは。相手いないですよ」
「そうですか? 君はもてるでしょう、義実に似て」
 藤見さんはおれの祖父を名前で呼ぶ。生前は祖父も藤見さんを「敬四郎」と呼んでいた。当たり前のように名前を呼び合う友達がいないおれは、少し羨ましく感じる。
 おれは自分の名前を呼ばせないのと同じように、人の名前も呼ばない。あだ名とか役職名とかでごまかしている。あだ名で呼ぶと嫌がる人もいるけど、そういう人は性格が合わないことが多いから困らない。
「もてたんですか、祖父は」
「それはもう。君と系統は違いますが、綺麗な顔をしていましたし、優しい男でしたから」
 藤見さんは祖父のことを過去形で話す。もう死んでから五年以上経っているのだから当たり前といえば当たり前だけど、親友の話をするときに過去形が当たり前になってしまうというのはどういう気持ちなのだろう、と時々思う。おれは祖父母のことを話すときには一呼吸おかないと、未だに「やさしいよ」とか「いい人だよ」とか言ってしまいそうになる。
「そういえば、お誕生日はお祝いできなかったので。つまらないものですがどうぞ」
「あー、わざわざすいません」
 細長い紙袋には有名ブランドのロゴが印刷されていた。大きさと重さからして中身はネクタイだろう。おれの外見でこんな高級品締めてたら、似合う似合わない以前になんだかいかがわしいカホリがしそうだ。それにしてもスーツ一式とかじゃなくてよかった、と内心ほっとしつつ、にっこりと笑う。藤見さんは子供がいないせいか、おれに何かをくれるときに加減を間違えることがあって、そのたびにおれは少し困っていた。もっとも、藤見さんだって昔はおれの扱いに困っていただろうということも、すべて厚意の表れだということもきちんとわかっている。
「三日は青森にいたので、それらしいものを宅配便で送ろうかとも思ったんですが、どうもお土産のセンスがないらしくて」
 藤見さんは人のいい微笑みをうかべたまま、さらりといじわるになる。予備動作なしで繰り出されるするどい蹴りのような言葉を、おれも同じように笑って流す。
「やだなあ藤見さん、おれの誕生日、五日ですよ」
「そうでしたっけ」
 わかっていて訊き直す藤見さんは相変わらず笑顔だ。このやろう、と心の中だけで呟いて、あかるく答えた。
「そうです」
 お墓を洗い、線香を立て、花を供える。この飽きるほど繰り返してきた一連の動作に、おれはまだ慣れることが出来ない。祖父が死んだ、ということはとっくにわかっているのに、四角い石の下におれを育ててくれた人たちがいると思うとなんだか妙な気分になるのだ。
「……では、私は先に車に戻っていますので」
 手を合わせていた藤見さんに肩を叩かれて、はい、とうなずいた。
 お盆と祖父母それぞれ命日の年三回、おれは墓の前で祖父母と話をする。といっても、別に霊が見えたり声が聞こえたりという特殊技能があるわけではないので、単に心の中でぼそぼそと近況報告をするだけだけど。
 おれの気が済むまで話が出来るように、藤見さんはいつも気を遣って席を外してくれる。ありがとう、と言うのもなんだか変な気がして、未だにお礼が言えずにいる。
「……」
 おれは元気です。ちゃんと授業に出ているし、試験の手ごたえも悪くなかったので、来年はちゃんと進級できそうです。お酒をのんだり大学のみんなと遊んだり、毎日結構楽しいです。
 それから、とても久しぶりに好きな人ができました。背筋がぴんとしていて、手が骨っぽくて、時々ひっそり笑う顔がかわいい後輩です。なんだかんだ言いながらおれなんかの面倒を見てくれる、やさしい子です。好き嫌いが全然なくて、ファミレスでつけあわせの人参とかクレソンをおしつけても食べてくれます。
 たぶんおれのことも嫌いじゃないと思います。もうすこしうぬぼれると、結構好かれてるんじゃないかなと思います。でも、おれの好きとあの子の好きは、永遠にイコールになりません。恋人もいるし。
 つらいか、と祖父が訊いた気がして、おれは笑った。大丈夫。これまでの人生もわりとつらいこと多かったから、このくらい平気。どっちかっていうと幸せです。二人が教えてくれたように、ちゃんと毎日笑って過ごしています。
 おれは幸せです。好きなものと好きな人に囲まれて、毎日とても楽しいです。
「……幸せだよ、ほんと」
 あーくんはうそつきね、と祖母が笑った気がしたけれど、おれには霊感なんかないから、きっと蝉の声だろう。



Fin


20081203wed.u
20081202tue.w

 

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