44.下準備のこと



 


 放課後の天文部室は夏休み前とうって変わって人が多い。
 文化祭で有志団体「レジェンド★オブ★俺達」に参加してから、何故か今年度のレジ俺代表を務めた赤井や狗飼さんたちまでちょくちょく顔を出すようになったからだ。今日も赤井が逆向きのパイプ椅子にもたれながら、青木さんとなにごとかを喋っている。サッカー部のエースがこんなとこで遊んでていいのか、とも思うが、赤井曰くここに来るのは練習のない日や早く授業の終わった日(千鳥ヶ崎では最後の授業が自習になった場合、その授業を丸ごとカットしてホームルームを早めていい、という決まりがある)だけらしい。そのわりにはよく顔を見る気がするが、まあ俺には関係のないことだ。
 からり、と音を立てて窓を開けた相沢が、風に髪を遊ばせながら呟いた。
「さて、修学旅行の季節だな……」
「全然季節じゃない。気が早いにもほどがある」
 格好いいポーズで全く似合わないことを言う友人に、反射的にツッコミを入れる。
「そうだよヨッシー、まだ夏休みじゃん」
「お前もお前で現実逃避するな、赤井」
 全くどいつもこいつも好き勝手ボケ倒しやがって俺の苦労も考えてくれよ、とうっかり考えてから、そもそもツッコミを入れる義務など無いということに気づいて肩を落とした。すっかり癖になってしまっている。それもこれもツッコまざるを得ないようなことばっか言う先輩のせいだ、と八つ当たり気味に責任転嫁する。
 青木さんも笑ってないでツッコんでくれ、と視線を送ってみるが、通じなかったらしくきょとんとしていた。そういえばこの人もどちらかといえばボケ側だったな。俺の周りにはツッコミが足りなすぎる。
「いやいや、こういうイベントってあっという間に当日になってるもんだよ恭介くん。油断してると全く遊べずに終わって思い出のない後悔しきりな修学旅行になるよ!」
「はあ……」
 やけに力をこめて熱弁する相沢に、どっかの美形(二十一歳大学生)も同じことを言いそうだ、とくだらないことを思った。一度このビジュアル無駄遣いコンビを引き合わせてみたいものだ。イベント好きなところといい妙なこだわりがあるところといい、絶対に気が合うはずだ。
「でも班決めだって十月入ってからだろ?」
「そこだ恭介!」
 びしっ、と人差し指を突きつけられる。どこぞの弁護士か、お前は。異議でもあったか。
「ああいうのはモタモタしてるとだな、人数がハンパなところ同士で組むことになって微妙な班を作らざるを得なくなるんだよ! だから事前にキッチリ根回ししとくのが正しい臨み方だ」
「何でそんな気合い入ってんだ相沢」
「修学旅行だからだよ!」
 理由になってねえよ。
 しかし赤井や青木さんはすっかり生徒モードになっていて、「そのとおりですね先生!」などと言ってノリノリである。駄目だ、三対一じゃ勝ち目がない。
「っていうか楽しみじゃねーのかよ恭介」
「いや、別に……」
「マジかよ! 信じらんねえ」
 行きたくないわけではないが、相沢たちのように二、三ヶ月も前からやんやと騒ぐほど楽しみにするほどでもない。小学生の頃から行事に対して淡白なのだ。小学生の時の遠足(たしか県内で一番大きな動物園)も中学の修学旅行(ちなみに福島だ)も行ったら行ったでそれなりに楽しんで、それで終わりだった。集合写真は母親に押し切られて(お母さん恭ちゃんが仏頂面してるだけの写真でもいいから見たいわー)注文したが、スナップ写真は購入していないので、思い出もそんなにない。そもそも俺が写っている写真自体ほぼなかっただろう。ああいうのは自分から撮れ撮れとアピールしているやつが写るものだし、勿論俺がそんなことをするはずもない。
「ところで話は飛ぶけども、桜子ちゃんのクラスに晶ちゃんと優希ちゃんって子いる?」
「あきちゃんとゆーちゃん? いるいるー」
「仲いい?」
「わりと」
「よし! 実はだね、俺のクラスの遠藤と小島がその二人とお近づきになりたいっつってるんだけど、あいつらの恋路に協力してやってはくれまいか!」
 相沢先生話がさっぱりわかりません、と挙手しかけて、すっかりペースに巻き込まれている自分に気づいた。いやいや。俺までそっち側になってしまったらブレーキ係がいなくなるじゃないか。流されるな、俺。
「せんせーどういうことですか! 桜子わかりません!」
「紺もわかりません!」
 俺が自分を戒めている間に、生徒役二人がノリ良く手を挙げた。相沢も先生役らしくうむうむと頷き、チョークを持っている体でエア板書を始める。しかもそのパントマイムが無駄に巧い。
「えーとな、俺と恭介と野郎共二人とあと適当に誰か、桜子ちゃんは晶ちゃんたちと班を組むだろ? で、この二班で自由行動時のコースを全く同じにしておいて、現地に着いたらそれぞれ好きな相手と一緒に行動する、っていうのはどうだろう」
「おおー!」
「相沢すげー!」
「はっはっは、もっと力いっぱい称賛してもいいんだぜ? ……っても、俺が考えたんじゃないんだけどさあ」
「そーなの?」
「天文部の先輩に教えてもらった」
「あ、相沢くんたちのクラスに青原くんっているよね? 友達が気になるって言ってたんだけど」
「じゃあ誘っとくわ。ほかにも誰かいる?」
 会話を聞き流しながら、俺は先輩のことを考えていた。お祭りやらイベントやらが大好きな先輩のことだから、中学や高校の頃は今の相沢みたいに率先して騒いでたのだろう。そしてやっぱり、好きな女の子と一緒に回りたい、とか思ってたんだろうか。いや、先輩のことだから逆に女子の方から寄ってきていたのかもしれない。
「じゃあ俺と恭介と、遠藤と小島と青原、あと真崎……でいいよな、恭介」
「ん、ああ」
 ぼんやりしているうちに、いつのまにか話は決まったらしい。相沢の挙げた名前はどれも「クラスメイトである」ということがかろうじてわかる程度だったが、誰だろうが構わない。なんでもいい、と頷きかけて、やめた。どうでもよくないので確認しておかねばならないことが、ひとつある。
「……相沢と青木さんも一緒?」
「え?」
「いや、現地で一緒に行動するの、知らない子だと気まずいから」
 相沢が固まった。なんだよ、と目で訊くと、着物の袖でそっと目元を拭うようなしぐさをした。
「気まずいだなんて、そんな人間らしい感情を恭介が持つ日がこようとは……」
「お前の中で俺って一体なんなんだよ」
「感情の起伏がロボット並な無感情無表情無口男」
 いくらなんでも言いすぎじゃないか、と思ったが、無感情に見えるというのも無表情なのも無口なのも常々身内(ミヅ姉と母親)に指摘されているので反論できない。
「ま、心配すんなよ。俺はともかく桜子ちゃんは一緒だから」
「相沢は?」
「そ、そうだよ! 三人で行こうよ!」
 青木さんが力をこめて俺に同調した。彼女もあまり喋らない俺と二人だけより、気が利いて話もうまい相沢がいる方が楽しいだろう。
「俺は御指名があったら女の子ちゃんと行きますワヨ」
 無意味な流し目とウィンクを飛ばしてくる相沢を、このモテ男ーと赤井がどついた。俺の代わりにもう何発かどついてくれ。何度でも言うが、男にウィンクされて喜ぶ趣味はない。
「ってか、桜子ちゃんとこの班が何人になるかわからないからさ。女の子一人だけ余ったりしたらかわいそうじゃん」
「あー、そうか」
 ふざけたことを言いつつも、きちんと配慮を忘れないあたりは流石である。すごいな、と感心すると、「意外と苦労人だからこそのスキルよん」と微笑んだ。顔も頭も性格も良い、少女漫画から抜け出てきた完全無欠のスーパーヒーローのような人間だと、やっぱり妬まれたりして苦労するのだろう。
「相沢も大変なんだな」
「イエス。相沢好美十六歳、モテるために日々苦労しております」
「その苦労かよ」
 感心して損した。はぁ、とため息をつくと、赤井がニヤニヤとこっちを見ている。
「なんだかんだ言って、つっちーも修学旅行楽しみなんじゃん」
「……そう見えるか?」
「じゃなかったら一緒に行くの誰かとか気にしなそーだもんよ」
「あー、まあ、確かに」
「それでいいと思うぜー、短い高校生活きっちり楽しまにゃ損っしょ」
 あかるく笑う赤井につられて、俺もすこし笑う。文化祭を遊びつくすためだけの有志団体であるレジ俺の代表に言われると、なんだか不思議な説得力がある。
 今年はスナップ写真も何枚か買うかもしれないな、と思った。


Fin


20091110mon.u
20091104wed.w

 

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